痛みを2


「口を開けて下さい………はい、閉じていいですよ。」
目の前に座るしのぶは完全に医者の顔をしていた。
「喉の炎症も時期に引いてくると思います。
 そうすれば声も元通り出るようになりますよ。
 でも、、
 ほとんど好転したと言っても、まだ無理は禁物です
 まだゆっくりと体力回復に努めて下さい」

肺炎の症状が良くなってきていることに少しソワソワした桜であったが、まだ安静にとの言葉に明確に肩を落とす。それを見たしのぶは笑い声をもらした。

「何だか懐かしいですね。出会った頃も桜さんは
 声が出なくて、、でも割と分かりやすい反応で。」
しのぶにはそう見えていたのかと桜は少々驚いた。懐かしいと思う反面、"詠をしのぶに取られる"と感情が爆発して、声を取り戻すという若気の至り感の強い出来事で恥ずかしくもある。
声が出るようになってからは、言葉で分かり合えて、蝶屋敷の暮らしもだいぶ気が楽になった。……詠が生きている間は、、

今現在、声が出ない事に加えて少々昔のことに思いを馳せていた桜はしのぶの声で現実に引き戻される。
「桜さん、、私、貴女を鬼の元へ帰すつもりは
 ありません。
 稀血が喰われないなんて奇跡
 そう起こる事では有りませんから」
「っ!!!」
「もう大丈夫ですよ。安心して下さい。
 ここでまた怪我人の治療を手伝ってください」
しのぶは微笑んだ後、桜の症状の記録をつけるべく、紙束に筆を走らせていく。
ーー違う!!
  あの鬼達は私に危害を加えない!
「勿論、桜さんを連れ帰った隊士も少しの間
 保護対象として守ります。
 何も心配する事はありませんよ」
ーーそうじゃなくて!!
  、、私はみんなの所に帰りたい!!
  ねぇ、しのぶさん、、分かって!

椅子から立ち上がったときの、ガタンという音でしのぶの筆は止まり桜を見た。
丸く驚いたような目は直ぐに姉のカナエを彷彿とさせる微笑みに代わる。ギュッと握られた桜の手を取ってもう一度、「鬼に桜さんを渡しません」と口にした。

「っ!!!」
突然湧き上がった感情は、怒りと悲しみと苛立ちと色んなものがごちゃごちゃに混ざり合って、胸の奥が痛い。桜はしのぶの手を振り払って診察室を飛び出した。
他にも療養中の隊士達が居るのだから"廊下を走ってはいけない"などという事に構っている心の余裕は無い。あのままあの場に居続けてはいけない。"心が枯れてしまう"そう本能が判断した。

飛び出しても、桜が行ける場所の選択肢はほぼなく、結局目指したのは現在与えられている自分の病室。しかし、肺炎の治りかけで数日寝たままだった桜に体力はなく、病室にたどり着く前に息が上がって廊下の壁に体を預けてそのまま床へとへたり込んでしまった。
走った苦しさと、分かってもらえない苦しさで目尻には涙が浮かぶ。

ーー彼らは鬼だけど、、
  私を食べたりしない、、
  私を大切にしてくれるのに、、
  知ったようなこと言わないでよ、、

胸の痛みはそのままに、乾燥した喉の奥を風が引っ掻き咳が込み上げる。薄暗い廊下の隅でなかなか止まる事はない咳に背中を丸くして一人痛みに耐える。
ーー痛い。痛い。、、痛い。

「もう嫌だ」と全てを投げ出したくなった桜の膝元に白い何かが、ぽてっ、ぽてっ、、っと転がり落ちて来たかと思うと、続いてなよなよとした「ああ、、」という溜息まじりの声が耳に届く。

ーー・・・…?
良く見ると、転がって来たのは饅頭だった。

「っ!大丈夫ですか?
 、、みっ、水は持ってないから、、えっと、、
 アオイさん、、ってそれじゃバレちゃうし」

苦しいながらも少しだけ視線を上げると、蝶屋敷の入院着を着た少年のようだった。

ーー三部屋先まで戻れたら薬湯も有るのに、、
「三?、、ちょっと待ってて下さい」
少年は饅頭を拾い上げると、桜の元から走っていく。程なくして戻った少年の手には見覚えのある瓢箪。
ーー、、ど、どうして、、
「こ、これで良くなるなら、まず飲んで下さい」

咳の合間を縫う様に薬湯を流し込む。潤いを取り戻した喉は過剰に異物を排出しようとする事をやめ、次第に咳はおさまっていった。

「良かった、、さっきより、大丈夫そうですね」
ーーありがとうござ…い……

声が出ないながらも、お礼を言おうと少年に目を向けて桜の言葉は途中で止まってしまった。

ーーき、、色い、、
初めて見る黄色い髪の毛に驚いて、ふと、遠い記憶で父が外国から来た取引相手の髪色が見慣れない色だったと話していた事を思い出す。

ーー外国の方なのかしら、、あれ、でも言葉、、
「ああ、これ、、変ですよね、、昔、雷に打たれて
 こんな髪色に変わっちゃったんですよ。
 昔は普通の黒髪で、目立たなかったんですよ」

ーー雷?!、、、ん?
  話、噛み合ってる…?
「あー…えっと、、気持ち、、悪いですよね、、
 俺、、その、、耳が凄く良くて、、確かに
 掠れて聞き取りにくくはあったんですけど
 その、、聞こえて…」
ーーそんな事ないです!すごいです!
  この通り助かりましたし、
  今声が出ないので、凄く助かります!

無意識に溢れた笑顔は、黄色い頭の少年が頬を染める理由には十分なもので、突然顔を真っ赤にした少年も入院着を纏っている為、桜は少年の容態が急変したのではとアワアワした。
 


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