痛みを3


廊下での偶然の出会いから、黄色い髪の少年こと我妻善逸は桜の部屋をよく訪れている。
出会った時に持っていた饅頭はアオイの所から黙って頂戴して来たものだった事も直ぐに判明し、それについては2、3御小言を言ったわけだが…。"言った"と言っても、桜の言葉はまだちゃんと発声出来ていなかった為、耳の良い善逸に頼ったものであった。
彼は桜がうつらうつらと夢と現実の狭間を行ったり来たりしている間に、同期二人と共にとある任務の現場から隠よって運ばれたのだという。
その同期の方が傷は酷く、絶対安静を言い渡されているそうだが、ちょくちょく病室を抜け出しては鍛錬を重ねているのだとも。

「・・・・・・」
桜は心の中で"どうして命を大切に出来ないんだろう"と暗い気持ちになった。桜は善逸には悪い印象は持っておらず、一緒に戦う仲間を悪く言われるのは嫌だろうと、気持ちを隠したつもりだったが、善逸は桜の気持ちが沈んだ事を敏感に察知して慌て始めた。
「ごっ、ごめんなさいっ!!
 しょうがない奴だって笑うかと思ったんですけど、、
 なんか嫌な気持ちにさせちゃいましたよね」
ーーそっ…そんなんじゃないんです…

否定はしたものの上手く言葉には表せなくて、その日はそのままアオイが薬を届けに来た事で善逸は自分の病室へと慌てて戻っていった。

二人きりになった室内で、アオイはテキパキと熱や脈を測ったり、薬湯を準備していく。

ーーもう世話になる資格なんて無いのに、、

「桜さん?」
「、、アオイ、さ、、私、、刀、…けた…ごめ、な、い」

声が出る様になって来たものの、その言葉は所々跳んだり、つっかえたりしてまだ元通りとはいかない。それは、前に間借りの部屋から荷物を引き上げに来た時、アオイに見つかり、加減をしたと言っても、彼女に向かって氷の型を放った時の事。

「気にしてませんよ。
 あの時私がいた方が危険だったのでしょう?
 桜さんは理由もなく人に刃物を向ける人では
 ありませんから。」

うつらうつらしていた間も甲斐甲斐しくアオイが世話をしてくれていたのを何となく覚えている。

ーーどうして、、そんな風に思えるの、、




「辛く、、ない、で、か?」

「私は、、任務に出れない腰抜けの隊士です……でも、
 そんな私の思いも一緒に任務へ持っていくって
 言ってくれた人がいて、私はここで出来る事を頑張ろう
 …そう、思えたんです」

「確かに私も思う事がないわけではありません。
 それでも、私はココでの仕事を一生懸命やるだけです」

話しながら微笑んだアオイではあったが、彼女の性格上すぐにキリッとした表情へと戻る。そして一通り桜の状態確認が済むと「次がありますので」と病室を出て行った。

ーー《腰抜けの隊士》か、、

声が普通に出ていたら、何と言葉を掛けられただろうか、、すぐに答えは見つからなかったが、ふと見せた微笑みはきっとその思いは昇華出来ているんだろうと思わせる。


ーーーーーー

翌日昼過ぎた頃に蝶屋敷全体がソワソワしていた。パタパタと廊下を走り回る音が何度も通り過ぎ、庭でも三人娘が何かを探している様で、桜は病室の窓辺で首を傾げた。
いつもアオイが様子を見にくる頃になっても現れることもなく、聞こえて来た足音にアオイが急いでやって来たのかと思い桜は廊下へ顔を出した。しかし、姿を見せたのはアオイではなく善逸で彼もまた何かを探している。

「あの、善逸さん。皆さんで何か探しているのですか?」
「・・・・え?…桜さん?!!
 こっ!声!でるようになったんですか!!」
「朝から調子が良いみたいで」
久しぶりに不自由なく言葉を使うことが出来るのはうれしくて頬が緩む。
桜の笑顔と可愛らしい声が善逸にはとても神々しいものに見えて、涙腺がおかしくなった。

「…本当ぉ俺、生きてて良かったぁ」
ダバダバ流れる涙に、役に立たなそうだけれどと思いながらも桜は手拭いを差し出す。
「そんな、、大袈裟ですよ。
 生きててよかっ…た、なん、、て…」
ーーあれ?

「そんな事ないですよ
 俺、滅茶苦茶弱いから、、何度も死にかけてるし
 鬼怖いし、任務行きたくないし、、
 ……って、違う!!炭治郎!!
 桜さんっ!!緑と黒の市松柄の羽織に
 これくらいの道具入れみたいな木箱背負った奴
 見ませんでしたか?!!」
途中から早口でそれも声量も大きく詰め寄られた桜はその勢いに思わず体を反らせて距離を取る。
「残念ながら、、見ていないです、、」
「そう、、ですか、、」

ーー確か、その子、、
  安静にって言われてる筈だよね…

「私も一緒に探して良いですか…」


ーーーーーー

「本当に、炭治郎さんの行き先に
 心当たりはないんですか?!」
とある大部屋の病室、真ん中の寝台(ベッド)を空のまま、正座をしてガタガタ震える善逸と、対照的にあぐらをかいて頬杖をついた猪顔の人間(?)は、腰に手を当ててご立腹のアオイに睨みつけられていた。
アオイの後ろの方で半泣きのキヨ、ナホ、スミが桜に慰められている。

経緯としては…
蝶屋敷の敷地内を善逸と共に探し回ったが、残念ながら炭治郎という少年が見つかる事はなかった。僅かな希望を胸に善逸が仲間と一緒に滞在している大部屋に戻ってみる事になったのだが、その部屋の入り口ではアオイが仁王立ちして待ち構えていたのだった。

「お、お、俺だって、心当たりがあるならもう探してるよ
 炭治郎の傷が酷い事は知ってるし
 鍛錬してるのだって、良くないって言ってたんだ…」
しかし、止められなかったのも事実であった為、善逸の語尾は小さく沈んでいく。

「ったぁく!アオイもチビ共も騒ぎ過ぎだっつーの。
 自分の体のことは自分が良くわかってんだ。
 健太郎だって腹減ったら帰ってくんだろ!」
「何ですかそれ…」
「ああ??誰だお前…」
「「桜さん?!」」
「どうして隊士の人達は、治療する立場になって
 物事を考えてはくれないんですか?
 確かに、、家族や大切な人を鬼のせいで
 無くしているかもしれない。
 鬼を斬ることで結果的に
 人の命を救っているかもしれない。
 でも、自分達の恨み辛みで無茶な戦い方をして
 傷を負って良い理由にはなりません。それに、
 無理する人に限って蝶屋敷は傷を治すのは当たり前。
 治せないなんてありえないと言う。

 そしてこの子達が必死に治療して退院した筈なのに、
 また怪我で運ばれてきたり
 ひどいと冷たくなって戻って来る…

 どうしてですか?

 命はそんなに軽いものですか?
 心は粗末に扱われて良いものですか?

 違うでしょう?
 治療する側の、、この子達の努力も心も踏み躙るなら
 ここで治療して貰おうなんて思わないで」

桜は猪の顔をまっすぐに見る。人の顔でない事に内心驚いているのは確かで、善逸が仲間と言った人だから悪い人ではないとは思う。それでもあの言いようは、聞き流せるようなものでは無かった。
室内の空気が張り詰める。

しかしそんな空気も長くは続かなかった。桜をまた咳が襲い、こんどは慰められていた三人娘と桜の立場は入れ替り、アオイは急いで薬を取りに部屋を出ていく。小さな手で背中を摩られると、痛みは幾分早めに落ちついた。
「なんだ、偉そうに言っておきながらテメェも
 弱味噌じゃねぇーか。
 あとはな!勘太郎はそんな良い加減な奴じゃねぇ…」

ーー……勘、太郎、、?

「伊之助馬鹿っ!勘太郎じゃねぇ!
 炭治郎だ!話ややこしくすんなっ!!」
「ややこしくしてんのは後逸だろ
 勘太郎は勘太郎だろうが!」
「だから!俺は善逸!!善の字を前に変換して後ろに
 変えるとか、手の込んだ間違いしなくていいから!」
「はぁ?何言ってんだぁ…」
「あ"ーーもう嫌っ!!
 炭治郎ぉー早く帰ってきてくれよぉ…」

咳のせいで口を挟める状態ではなかったのは置いといても、ぽんぽんと進む二人の会話についていくのは不可能で、気づいた時には桜がもたらした張り詰めた空気は完全に消え去っていた。

「あの、桜さん…。私も炭治郎さんは
 "そういう人"とは違うと思うんです。
 ……炭治郎さんが鬼殺隊に入ったのだって
 妹さんの為で…」
「……妹、さん?」
控えめに桜の入院着を引いて口を開いたスミは、ナホ、キヨと顔を見合わせて頷き合う。

「鬼にされた妹さんを人間に戻す為です」
 


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