痛みを4


《鬼にされた妹さんを人間に戻す為です》
自分の過ごす病室に戻ってからも桜の頭の中にはその言葉が何度も繰り返されていた。

「鬼を人間に…」

ーー四鬼さん達が人間に…
  そうすれば、、もう争う事はない、、
  誰にも咎められずに、誰にも遠慮なく、、

  日の光の下で、、

少し想像しただけなのに、涙が出そうな程嬉しくて、今すぐにでも彼らに会いたい気持ちが湧き上がる。しかし、今日は蝶屋敷の敷地内をあちこち歩き回った事と、つい先程薬を飲んだ事もあって布団に横になると夢が桜に手招きしているようだ。

桜は抗う事なく夢の中へと目を瞑る。
ここに来てから一番心地良い眠りのような気がする。
それはきっと"どうにもならない事"と思っていた事に明るい希望が見えたからなのだろう。

ーーーーーー

雨の音がする、、湿気った空気、、独特な匂い、、

ーーこれは夢。

ーーそう、この後パタパタとと足音がするの
  洗濯物が濡れてしまうと、アオイさんが来て…


    血濡れた詠さんが帰って来る…


ーー嫌いよ。命を大切にしない人なんて…
  嫌いよ。傷付くことを笑って誤魔化す人なんて
  嫌いよ。未来を一緒に話してくれない人なんて
  鬼殺隊なんて……大嫌いよ。

《生きてて良かった》
《良い加減な奴じゃねぇ》
《鬼を人間に戻す為》

ーーあれ…、、違う、、

「桜さん!急いできてください!!」
「……え?、、詠、さん?」

桜を呼びに現れたその人は、血濡れてなどいない。ポカンとしたまま動き出さない桜の手を引いて立たせると、そのままずんずんと手をひいて進む。

「どっ、、どこまで行くんですかっ、、」
「もーちょっとー」
楽しげに、歌い出しそうな返事。
柔らかくて安心する声。

ーーなつかしい…

「はいここー」
「うわっ!!突然止まると、困ります…」
鼻先が詠の背に激突し、手を当てて抗議の目を向けると「ごめんねー」とその顔は笑みを深めた。

「ほら、桜さん。見てごらん。」
詠が向ける手を追って桜の視線は庭を向く。
いつの間にか雨は止んで太陽が顔を出していた。
「虹が出たよ。雨の後には虹が出るんだ」
「・・・・・・・」

ーー、、綺麗
虹だけではない。雨粒を乗せた庭の木も、葉っぱも花もキラキラと光を反射している。

「見えるものだけが世界じゃない。
 見てきたものだけが世界でもない。
 どうか世界を嫌いにならないで。
 広がる世界を怖がらないで。
 …そして、自分を大切に、、な。」

抽象的な物言いを疑問に思い、詠へと目をやるとその人はただ微笑んでいる。なんとなくもう口を開くつもりはないんだろうなと思う。

夢だとしても、"なんでも"は思い通りにならないらしい。
「…美化しすぎよ、、」
我ながら笑ってしまう。一緒に虹を見たという現実はない。自分を置いて死んでしまったという思いはあっても、やはり桜は詠を嫌いにはなりきれないようだ。

温かい心持ちで目が覚めた。


ーーーーーー

部屋の中はまだ暗い。どうやら早く起き過ぎてしまったようだ。けれども眠くもなければ体も気分も悪くはなく、むしろ調子が良い。
自分は目が覚めたけれど、動き出してはまだ寝ている人の迷惑となるだろうと寝転んだまま天井を見る。

ーー鬼殺隊は嫌い…。でも、なにか違う…。

浮かぶのは昨日の出来事。
まだ見ぬ炭治郎という少年が、妹を人間に戻す為に鬼殺隊に入ったという話から、善逸、そして猪の少年、伊之助が鬼殺隊に入った理由を聞くことになった。てっきり家族の敵討ちという話が出てくるのかと思っていた桜だったが、善逸は女の人に騙されて借金を背負わされた時に助けてくれた人が育手だったからと言い、伊之助は猪に育てられ強い者と戦いたいから鬼殺隊に入ったと言った。
きっとその場で話さなかったもっと根底にあるモノも有るのだろうが、そうだとしても彼らは桜の嫌う命を散らす事も厭(いと)わないそんな人ではないように思う。
ーーだったらどうして鬼殺隊が嫌いなの?

自分で自分に問うてみても前提が崩れてしまった今、理由が見つからない。
嫌う理由が無ければ、見える景色は色を変え始めていた。


コン、コン、コン

考えに耽っていた桜は病室の戸を叩く音にビクッと肩を揺らした。

ーーこんな時間に?!

驚きのあまり咄嗟に声が出ず、それでも戸はそろそろーっと静かに開く。来訪者の意図が分からず、心臓の音がひどくうるさく感じた。

「桜さん、、起きて、、ませんよね…」
「……ア、アオイ、、さん、ですか?
 珍しく起きていますよ?」

覗く困ったような表情に、少し戯けて返事をすると、アオイの顔に安堵の色が浮かんだ。
「桜さんお願いがあります。
 炭治郎さんを助けてください」
その名前は昨日何度も繰り返し聞いた名前で、しかし会う事は叶わなかった人。
興味が湧いて仕方ない人。

「私でお役に立てるのなら喜んで」
 


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