其々の思い



「で、今まで一体どこで!どんな鬼の所に居やがったァ?
 下手に隠し立てするってんなら、隊律違反で
 痛い目見る事になんぞ」

炭治郎が去った後、桜の部屋には一人の柱が訪れていた。

ーー風柱、、

桜はこの不死川という人が苦手だった。あの鋭い目と増えていく傷跡は、はまるで「身内も恩人も亡くしたのに刀を取らないのか」と責められている様な気になってしまう。それでも、彼の怒りの矛先を操る兄弟子や、まろやかに受け流してしまう蝶屋敷の主人がいた頃はそこまで苦手な人では無かった。希少度は違えど同じ稀血である事を心配する様子があった。
兄弟子を失い、柱になって、更にカナエも死んで、彼は輪をかけて人を寄せ付けることを嫌い、進んで憎まれ役を選んでいる様な気がする。

「黙ってねェで、早く吐けェ!
 それとも何か?人間でありながら、鬼の肩を持つ
 下衆にでも成り下がったんじゃねェだろォナァ?!」
「不死川そこまでだ。
 いくら何でも言って良いことと、悪いことがあんだろ」
割って入った声に目を向けると、ジャラジャラと音が鳴りそうな飾りをぶら下げていながら、全くの無音で入り口の戸に寄り掛かる宇髄が居た。
「ッチ。任務で居ねェんじゃねェのかよ」
「知っててやってんなら、大概にしろよ?」
「あー嫌だ嫌だ。良かったなァ?
 困った時には駆け付けてくれるお目付役が居て」

不死川は宇髄の登場に早々に病室を出て行った。その背中に宇髄が小さく「この下手くそが」と言ったのは間違いではなく、意味を聞きたくて桜は顔を向けたが、宇髄に頭をくしゃくしゃに撫で回されその意味を問う事は出来なかった。


ーーーーーー

「久しぶりだな。桜」
まるで旅行にでも出掛けて、帰ってきたかのような口振りに桜は困惑していた。と言うより凄く後ろめたく思っていた。
自分の為に宇髄が口利きして間借りしていた部屋も何の相談もなく後にして、ある意味宇髄を裏切った様なもの。一体どんな顔をしていれば良いのか分からない。
「せっかく俺様が様子を見に寄ってやったってんのに
 なんて顔して居やがんだ。
 どんなに立場が悪くても、
 自分が選んだ道を押し通したいなら
 不安な顔すんな。
 自分は間違ってないって、胸張ってろ」

「…どうして、、」

ーーそれじゃあまるで、好きにしろって
  言ってる様なものじゃない。
  宇髄さんが気付いていないわけないのに…


「竈門炭治郎。お前も会ったんだろ。
 あの兄妹見たら少しだけ夢も見たくなっちまったんだ
 人間を喰うだけじゃ無い、鬼の存在ってヤツをな。」

禰󠄀豆子は鬼でありながら人を思いやることができる。人を守り戦い、煉獄が禰󠄀豆子を鬼殺隊の一員だとそう認めたのだ。煉獄が信じるという言葉は彼を知る者の中ではかなりの影響力を持つ。宇髄もその例に漏れなかった。だとすれば、そうそう有る話ではないだろうが、そんな鬼が他に居てもおかしくは無いと思えてくる。現にこうして稀血の桜と桜を運んだ隊士は無傷で鬼の元から戻って来たのだから。
ーー桜を信じてみたい

《桜さんはあの鬼にとって特別な存在なのかも知れない
 気を失ったあの子の唇には血で紅が引かれていた
 そんな事、10歳の子に人間でも普通はしないだろ》

宇髄は詠から報告に上げていない仔細まで聞かされていた。その鬼達が人を殺し喰らったという事実はあの現場から否定しようの無い点ではあるが、桜の対応については緊急を要するものでは無いだろう。ならば反対に桜が鬼達の側に居れば他の人間に危害は及ばないのではないか。
まるで桜を人柱や生贄にする様なものであるかもしれないが、桜も鬼達に惹かれているのならばその限りでは無い。

そもそも親を亡くし、家を無くし、それを救った筈の恩人にも自害という形で先立たれ、18歳には喰われて死ぬと諦めて生きてきた一人の娘が初めて見せた意志なのだ。危険がないわけではない。それでも尊重してやれれば良いと宇髄は思う。

「でも、、しのぶさんは、私を鬼の元へ返さない
 そう、、言いました」
「何で桜が、胡蝶の機嫌伺いして過ごさなきゃ
 なんねーんだよ?」

"ご機嫌伺い"そう言われても仕方ない話だった。監視が付いているわけでなければ、蝶屋敷にとじ込められているわけではない。確かに数日前までは寝込んでいて体力も落ちているのは事実である。しかし、そんなものはただの言い訳。久しぶりに見た蝶屋敷や鬼殺隊自体の雰囲気が、桜に居心地の良さを与えていた。四鬼の元に行きたい気持ちは嘘ではない。それでも蝶屋敷に後ろ髪を引かれてしまう。
きっとどちらを選んでも、必ず後にどちらかを思い、心を痛めるのだろうと決断する勇気が持てずにいるのだ。

口を結び、言葉に詰まっている桜に宇髄の口からはため息が漏れた。
「はぁ。決断しない奴の背は押せねぇ。
 お前がどうしたいかをせいぜい考えるんだな。

 俺はもう行くわ。」

「宇髄さんっ!」
「森景も俺も、桜には
 幸せってやつの中に居てほしいだけだ
 刀を取らずに生きてんだから余計にな。」
 


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