其々の思い4
分からないわけではない。桜だって蝶屋敷での手伝いを経て、治療に携わってきた。勿論救えない命だって沢山あった。歯痒い思いも山の様に味わった。
鬼が居なければこんな思いはしなくて良いはずなのに。そう思う事だってあった。
それでも、桜の中にはカナエが言った「鬼と人が仲良くできれば良いのに」という言葉の方が強く残っていた。
《他を片付けている間に別れでも済ませるがいい》
鬼だって全てがただ襲い掛かってくるものではない。中には心があって、気持ちを向けてくる事ができる。確かにその門扉は僅かにしか開かれないのかもしれない。
ーーそれでも、私は命の取り合いよりは
分かり合う努力をしたい。
人に戻れるなら、少なくとも命の取り合いは
不要なはず。なのに何故、しのぶさんは
《鬼に人間に戻ってもらっては困る》などと
口にするのだろう。
「私は体格に恵まれませんでした。
あと少し身長が有ったら、、力が強かったら、、
そう思います。」
「それでも、しのぶさんはその体格でも、柱まで
上り詰めたじゃないですか」
小さく息をしのぶが吐く。
「私がどうやって鬼を狩っているか、
桜さんは理解していますか?」
「、、理解って、、」
しのぶは棚に収まる瓶を一つ手に取ると、それに目を落としたまま言葉を続ける。
「知っての通り、藤の花は鬼にとって毒です。
私は力で首を落とせない分、
その毒を使っているんですよ。
自分でも思います。残酷なことをしているって。
他の人なら首を切って一瞬で終わる痛みでも、
私が戦えば毒で苦しみながら死んで行くんです。
任務だけじゃありません。新たな調合すれば、
それが鬼に有効なのか試さなければ実戦では
使えません。
生捕りにした鬼が叫ぼうが、
血を吐こうが、実験を重ねるんです。
なのに、人に戻せるなんて言われたら、、
そんなの、、耐えられない、、」
今まで鬼になっても尚、愛する人を信じ、その気持ちを覆さなかった人々。鬼になれば戻る事はないと未来を諦めさせてきた人々に「人間に戻る薬が出来ました」などと顔向け出来るはずがない。
救う術が"頸を落とす事"だけだったから得られてきた妥協が音を立てて崩れ去る。
今まで鬼へと向けられてきた憎しみが、巡って自身に帰ってくる。
だから、鬼には人に戻ってもらっては困るのだ。
「……しのぶさん、、すいません、、
私、あまりに勝手すぎたかもしれません」
そこに居ても"鬼殺隊ではない"それはある意味恰好の逃げ場で、それに甘んじてきた自覚もある。
しのぶの苦しみが分からないわけではない。共に過ごせば彼女の重荷を軽くし、しのぶが望むようにあの少女達の未来も少しは明るく照らせるかもしれない。でも、既に桜は道を選んでしまった。桜は別に幸せな未来を思い描いてしまった。願う希望を知ってしまった。
背中を押してくれる人を見つけてしまった。
《どんなに立場が悪くても、
自分が選んだ道を押し通したいなら
不安な顔すんな。
自分は間違ってないって、胸張ってろ》
自分の気持ちの名前を知ってしまった。
《桜さんはその人が好きなんですね》
頭の中で四鬼達の姿が過ぎる。桜は背筋を伸ばして、しのぶを真っ直ぐに見つめると、少しだけ涙がこぼれそうで、一生懸命に笑顔を浮かべた。
「それでも、私は明るい未来が欲しい」
しのぶからの返事は無かった。
正しくはしのぶの返事を待たなかったかもしれない。桜は瓶がたくさん並んだ部屋を後にする。きっとあの中の液体は鬼を討つために調合した毒がそれぞれ収められているのだろう。悲しみ、苦しみ、痛み、を声にならない叫びと共に封じ込めた綺麗で澄んだ藤の毒。並ぶ内容量の違う液体はしのぶの涙を溜め込んだものの様にも見えて、最後まで桜が瓶に手を伸ばす事は無かった。
どうか次に顔を合わせる時には、全ての荷を下ろして昔の2人で会いたい。前を向いていたあの頃の二人で。
ーーーーーー
桜は自室に戻ると、後ろ手に戸を閉めそのまま床に沈んだ。しのぶが背負っていたものを知って胸がきゅっと苦しくなる。
ーー近くに居たのに何も知らなかった、、
……違う。周りを見る余裕なんて無かった。
知ろうとする事をやめていたんだ。
「でもっ」
ーー私は決めたの。選んだの。
「後は、前に進むだけ」
自分に言い聞かせる様に呟くと、立ち上がり窓辺へ向かう。空には弓のように細くなった月が浮かび、静かなものだった。明かりのほとんどないこんな夜は間もなく怪我人が運ばれてざわざわし始める事だろう。
桜は少しでも早く夜が明けるようにと思いながら窓掛け(カーテン)を締めるのだった。
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