生家
夢を見た。
幼い私が、両親と一緒に笑っている。とても幸せそうな夢。
何故"幸せそう"と称するのか。それは幼い私が私ではないから。姿形がという意味ではない。
私の視点は私ではないの誰かの視点で小さな私を見守っていたのだ。
鞠が転がるだけできゃっきゃと笑い、積み木が倒れただけで頬を膨らませる。シャボン玉に目を輝かせ、父が仕事に行くというだけで母の服を握りしめて見送る。
ーー私はとても恵まれていたのね。
ふと、幼い自分と目が合う。てとてと目の前に進んでくると、にっこり笑う。
「これ、あげゆ(あげる)!」
小さな手には野花が握られていた。
長いこと握っていたのか、振り回してしまったのか随分ぐったりとした野花であったが、幼い私はとても誇らしげな顔をしていた。
ーーーーーー
もう普通に生活できるように回復したと思う。ただ体力だけはまだ落ちたままで、すぐ疲れてしまう。しかしここを後にするのも時間の問題だろう。
今日は、蝶屋敷の仕事を手伝っていた。
いなくなる事を前提にしているため、そう何でも手を出すわけにはいかないのではあるが。
そして今、蝶屋敷の中庭を駆け回る炭治郎、伊之助、善逸の鍛錬が一息つく頃だとアオイに差し入れを託され、3人を待ちつつ縁側に座って陽の光を浴びていた。
ーーそういえば生家は今どうなっているのだろう。
今朝方見た夢を思い出して里心が芽生えてしまった。
ーーでもきっと何も残っていないんだろうな…
お手伝いさんを含め何人があの夜に家で過ごしていたのか8年の時が経った今では記憶が朧気だった。そして桜以外の全てがあの家で命を落としているとなれば、取り壊されていると考えるのが妥当だろう。
ーー四鬼さんたちのところに行く前に、
お墓参りとかできたらいいのに…
「…さん。、、、さーん!……桜さん?!」
「?!……あ、皆さんお疲れ様です
あのこれ、アオイさんから…」
目の前にいたのは、炭治郎と善逸だった。アオイに託されたお茶とおにぎりを渡そうと傍に目を向けるとお盆に乗せておいたはずの包みが一つ消えている。
「…あれ、、ない?」
「大丈夫ですよ桜さん。ほら」
促されて向けた視線の先では、伊之助が早速おにぎりにかぶりつき、口元に米粒までつけていた。
炭治郎と善逸は桜から包みを受け取ると、縁側に腰掛けた。
「何か考え事ですか?」
「私、そんなに上の空でしたか?」
「善逸の大声に気付かないくらいに上の空でした」
「それは驚きですね」
「今日はそんな大声出してませんよーだ!」
炭治郎と桜は声をたてて笑う。
「あ!!お前あれだ!団子の桜!!」
地べたに座っておにぎりに夢中だった伊之助が突然振り返り桜を指さした。
「失礼だろが!馬鹿猪!」
空かさず拳骨を食らわせに行った善逸だったが、反対におにぎりを奪われ二人は庭を駆け回り始める。
「足りないなら俺の一つ分けてやるのに」
炭治郎が優しい事を口にするも、善逸、伊之助の耳には届かず、二人の声はどんどん遠くなっていった。
「何か考え事ですか?」
改めて聞く炭治郎に、桜は目を丸くした。
彼は本当に人の空気に敏感らしい。
「……生家の夢を見たんです。
それで、あの家は今どうなってるんだろうなって
そう考えていました。
住む人もいないので取り壊されてるでしょうけどね」
「…桜さんがここに来たのは8年前…、、でしたっけ?」
きっと炭治郎は8年前から鬼殺隊にいる人に話を聞ければと、知り合いを思い浮かべているのだろうが、鬼殺隊に入って一年を満たない彼にそんな知り合いはいると思えない。そもそも鬼殺隊の在籍年数は皆短い。それだけ鬼狩りは簡単なものではないのだ。
むしろ桜の方が悲鳴嶼や、宇髄、そしてしのぶに聞いた方が早く解決する話なのだろう。
しかし、それをしないのは、まだ心のどこかで四鬼の元へ戻るつもりでいる自分の選択に後ろめたさを感じているから。
腕を組み、首を傾げて考えていた炭治郎が突然顔を上げ、残っていたおにぎりをぱくぱく食べ、お茶を流し込むと立ち上がる。
「俺、ちょっと行ってきます」
「え?…何処へ?」
「おにぎりごちそうさまでした」
あっという間に炭治郎の姿は見えなくなってしまった。
ーーーーーー
翌日、アオイとナホ、キヨ、スミと共に桜は洗濯物を干し終えたところだった。青い空に白い洗濯物が並ぶ景色はなかなかの爽快感がある。
「桜さんこの後、買い出し、」
「あっ!居た居た!炭治郎ぉー。
桜さんこっちに居たぞー」
「、、善逸さん?どうしました?そんなに慌てて…」
直ぐに追いついた炭治郎は桜のすぐ目の前で足を止めると、桜の手を取って微笑んだ。
「解りましたよ!まだ在ります!」
「…?」
「桜さんの生家です!」
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