生家3
「良かった…ここを守り続けて…」
画廊の主人は佐斐(さい)と名乗り、父の元同僚だったのだという。彼自身が幼い頃身内を鬼に殺され、鬼殺隊とは縁があったのだそうだ。
そこに不可思議な同僚一家の失踪。鬼の存在を知る佐斐は鬼の仕業だと信じて疑わず、縁を頼りに正しい情報を得た。
そして桜の生存を知ると、この屋敷を守り桜へと残すことを選択した。
ただ、生家の存在は彼女を育んだ特別な場所であると共に、家族を失い独りとなった悲しみの場所でもある為、桜が自分で求めない限り鬼殺隊側から話すことはないという事になっていた。
ーー私がここに来るかなんて、確信のないモノを
信じてこの人は生家を…
「本当に、、ありがとう、ございます」
どんな苦労があったかなど推し量るも想像は追いつかない。感謝の気持ちは桜の容量を超え、辛うじて言葉にできたのはありきたり過ぎて、恥ずかしくも思ってしまう。
でもその言葉を口にするだけで今は精一杯だった。
ーーーーーー
「では、私が桜さんの代わりにアオイさんと買い物を
して参りますので、その間どうぞ屋敷内を
ゆっくり見ていらして下さい。」
佐斐は、そう言って画廊自体を締め、屋敷を桜一人に明け渡した。
「ここからですと2時間程で戻ってきますから、
桜さん!!必ず此処にいて下さいね!」
アオイは桜の手を握って念を押し、蝶屋敷の買い出しへと出掛けていった。
二人を見送った桜は、改めて屋敷内を見回る。いつか夢に見た血塗られた屋敷の姿はどこにも無い。家族で囲んだ食卓、髪を結われる度前にした鏡台、本を手に座った長椅子、スカートを翻した窓辺、、全てが記憶のままそこにある。
1階を一回りしたのちに、2階へ上がる階段へと向かう。
一段登るごとに今度は記憶が蘇る。
それは一階とは違って確実にこの目で見た記憶。ピリピリと痛みが走ったような気がして首元に手をやる。そこは積怒が残した痣がある。
ーー彼らとの出会いは此処だった。
始まりは此処。
そしてそれは決して幸せな始まりではない。
でも、始まらなければ、今の桜は居ない
階段を登りきったものの、両親の部屋へはまだ向かう気になれず、まずは自室へと向かう。
勉強や読書、そして絵を描いたりと長い時間を過ごした机の上には埃一つなく、ずっと時間が止まっていたかのようだ。きっと佐斐がずっと手入れを続けていてくれたのだろう。
洋式の収納場所を開くと、昔気に入って着ていた服など収められていた。
ふと目についた箱。この箱には何を入れていただろうか…。
引っ張り出し、蓋を開けると覚えない落書きや、手作り感満載の飾りの数々。きっと幼き日に作った作品の数々なのだろう。
「こんなの、とっておかなくて良かったのに。」
思わず笑いが溢れて、手にした落書き帳をパラパラとめくる。どこか愛嬌のある絵の数々がそこにはあった。
ーーこれは父、これはきっと母だろう。
なんとなく覚えている。
お手伝いさんのことも書いていた。
「……これ、、誰?」
落書き帳をめくる手が止まった頁には誰かの似顔絵。幼い子供の絵にしても、他の絵と違ってその人は記憶の中に覚えのある者はいなかった。
ーーーーーー
その後もその人と思われる絵は何枚かあり、桜の好奇心はどんどん膨らんでいく。
しかし、絵が上達し誰か判別できるようになっていく筈なのに、成長するにつれてその人の絵は少なくなり、ついに見つからなくなってしまった。
ーー知りたい…。
最初はどうして此処まで気になるのか分からなかった。それでもなぜか、どうしても知りたい。
「そうだ…写真…」
確か写真を収めた冊子は両親の部屋にある筈だ。毎年、年の初めには必ずお手伝いさんも皆揃って写真を撮っていた。ならば生まれる前、若しくは生まれたばかりのものも有るかもしれない。桜は急いで広げた落書き帳を元の箱に戻し、自室を後にする。
ーー知りたい、知りたい、知りたい。
足早に両親の部屋へと向かった。
内にあるのは少々言い方は違うのかもしれないが知識欲。
ドアに手をかけ、ノブを回す
《母様?すごい物音が聞こえましたが…》
「っ!!!」
突然に知識欲に蓋をするかの様に記憶が蘇る。このドアの先には母が居る。四肢の欠けた母が。血に塗れた床が広がる…。それは酷く赤く、そして虚。乱暴にぶつけられるような思考に手が震え出した。
桜は怖かった。それは四鬼の存在ではなく、目の前で起こった母の死。
あの日桜は母の亡骸と向き合う事は出来なかった。
もしも、まだ意識があって最期に伝えようとしていた事があったとすれば、それをする時間を与えられたにも関わらず、桜は母に背を向けてしまった事になる。
苦しかっただろうか。悲しかっただろうか。
恨んでいるだろうか。憎んでいるだろうか。
母が好きだったから、今となっては聞けない言葉が尚更に怖い。
ドアノブから手は離れ、桜はその場に力無く座り込んでしまった。
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