疑問と答え


桜は貸本屋に居た。
もう日は暮れ、月が存在感を放っている。
しのぶに《明るい未来が欲しい》と告げて以来、桜は自ら鬼を人間に戻す手段を探す為、手伝いの合間を縫って蝶屋敷の蔵書や記録を読み漁っている。
桜自身もしのぶに劣るものの、薬学も治療術も蓄えてきた。だからこそしのぶの心を垣間見た今、彼女にこれ以上の苦行を強いるつもりは無い。

そして今日は足りない分の知識を補う為の本を貸本屋で探しているというわけだ。夢中になり過ぎて外が暗くなっている事に気づいていなかった。

ーー私が見つけて、戦わなくていいって言えたらいい。

鬼と仲良くできればと思いを口にしていただけあって、胡蝶カナエは鬼を人間に戻す方法を思案していた記録があり、それを下地に桜は書物を読み漁る。

ーー何が違う?血液成分?体を構成する物質?
  藤が毒…なら、藤の毒の成分は、、?
  カナエさんの記録だとあの記述はあったから、
  あっちの可能性は探って無かったかも…。

関係あるなしなど、とりあえずはなんでもいい。わからない事は片っ端から調べてみればいい。昔から学ぶ事は嫌いではなかった。誰も手に取らない記号が並んだような本だって、目的のためなら読み解くつもりでいる。
思いもよらない所から問題解決の糸口が見つかる事だってある。

ーーそう言えば、、青い彼岸花って存在するのかな?

ふと思い出したのは父の書斎に飾ってあったあの絵。広がる空を背景に幾重も線を引く青の花弁。少し間くらい、目的から逸れたって大した問題じゃない。

桜が植物図鑑の並ぶ棚に向かうと、一人の少年が似つかわしく無い厚い図鑑をめくっていた。

ーー難しい本を見る子ですね。

「…寄るな。…フジクサイ。」
「……。え、、?…?」
呟くような声量だった筈なのに、頭に直接話しかけられたようであり、桜は心臓が掴まれたような気もしたが、少年は本に目を落としたまま、桜の方へは一切視線を向けてはいなかった。

ーー…フジクサイ、、?フジ、、藤?
  この子、鬼?
  でも、匂い袋は持ち歩いてないし、、
  ……なんで?

《私は桜さんを鬼の元に返す気はありません》
ーーしのぶさんが、なにか?

「あっ、、あの、、」
「不快だ。うせろ」
「にっ…匂い袋も持ってないんです。
 どうしたら話をしてくださいますか?」

少年がゆっくりと本から視線を上げ、桜の目もまた少年を写す。その瞳は赤く、猫のように細い瞳孔は一目で彼が鬼だと理解させる。

「私は、、会いたい鬼さんが居るのです…
 知っているなら、教えて欲しいの、です、」
 
「人間如きが、、」と小さく呟いた気がした。
しかしそのすぐ後に持っていた本を閉じ、傍に抱えると桜に背を向けて入り口へと歩き出してしまう。

「まっ…待って、、」
「お嬢さん、本を借りるなら
 手続きして貰わなきゃ困るよ」
「あっ、はいっ!あ、、でも、、」

遠ざかっていった少年は既に貸本屋を出たらしくその姿はない。
ーーどうしよう…
「あの、、ごめんなさいっ。今日は帰ります。」
手に持っていた本を貸本屋の主人に押し付けるように渡すと、机に広げていた荷物を押し込んで少年を追って貸本屋を後にした。

ーーどっち?!人が多い、、
  どうしよう、、せっかく見つけた手がかりなのに

行き交う人は、皆早足で家路を急ぎ、辺りを見回し立ち尽くしている桜に気を止める人など誰もいない。

    "血"ヲ流セバ、引キ寄セラレル?
     ダッテコノ"血"ハ彼ラの御馳走ダカラ…

持っているのは紙とペンくらい。懐刀も四鬼の元。これしか方法はないとペンを握りしめて反対の手を凝視する。
短い呼吸を繰り返し、痛みを想像すると嫌な感覚が背筋を駆け抜ける。

《無用心な事はやめてくりゃれ。
 桜になにかあっては哀しくて耐えられぬ、、》

《桜を大切にと思って居る全ての者を愚弄する》

ーー私は、、彼らの、、

「姿が見られたら良いのに、、」
自分が体調管理を怠って病気を患い、彼らが危険を犯してくれたから蝶屋敷で治療を受ける事ができたと桜は分かっている。
それでも、夜に外を散歩しても影一つ見る事は叶わない。信じているつもりでも、不安な種は芽吹いてしまう。

目の端に少年の姿を写し桜はハッとした。
それは再び見つけた小さな希望の光。

「…待って、、」

2、3歩少年へと足を運びピタリと止まる。

どう言うわけが藤の匂いを纏っているこの体では、喰われる事がなくとも受け入れられる事は無いだろう。寄るなと言われて近づけば、殺されて終わる事だってありえる。

「…また、来ます。
 だから、、その時はお話させて貰えると嬉しいです」

決して大きな声では無い。一人呟くように口にして帰路へと足を向ける。



少年の姿の鬼は、遠ざかっていくその背を冷たく眺める。

殺してやろうと思って居たのに興醒めだ。と。

少年が去った後、彼の身の丈2倍を超える男が人知れず血濡れ倒れていたらしい。
 


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