生家4
「只今戻りました!桜さんどちらですか?!」
室内にアオイは声を掛けるものの桜の姿は現れない。やはり1人にしてはいけなかったと後悔の気持ちが湧き上がる。
ーー違う…約束したもの。
一緒に帰るって言ったんだもの。
アオイは室内を荒らしてしまわない様に気をつけながらも、桜の姿を探し回る。桜が時間をかけて眺めていたものを思い返して辿っていく。
ーー 一階には居ない。
どうしよう。また私は見失ってしまうの?
「アオイさん、こちらに」
その声は桜の生家を管理し続けていた佐斐のもので、階段の上からアオイを呼んでいた。
ーーどうしよう…姿がなかったら…
どうしよう… 置き手紙だけになっていたら
急いで階段を駆け上がる。
「桜さんっ!!!」
人差し指を口元に当てた佐斐が、アオイから視線を導くと、一つのドアの前に桜が座り込んでいた。その背はいつもより小さく見える。
居なくなっていなかった事による安堵と共に、悲しみの詰まったこの場所に独りにしてしまったことがひどく悔やまれる。
アオイは静かに傍らに腰を下ろすと、桜の手を取る。その手はとても冷たかった。
「只今帰りました。」
「アオイさん、、おかえり、なさい」
「ここは?」
「両親の寝室でした、、母が亡くなった場所です…」
アオイは佐斐を見上げると、少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。口が大丈夫と声に出さずに形を変えた。
頷き返し、アオイは立ち上がると、ノブに手をかけゆっくりと回す。それに気づいた桜が「待ってと」呟く様な声を上げ手を伸ばすも、アオイの方が先に動く。
「……。」
アオイは桜の前でその扉を開け放った。
ーーーーーー
桜は顔を背けてキュッと目を閉じた。たとえ扉が開いても、目を瞑って居さえすれば、母の姿は見なくて良い。
真っ暗な視界。
記憶が想像を赤く染めていく。それはまるで布に色が染み込んでいく様にじわじわと。暗を赤にする。
「・・・・っ……?」
柔らかく風が吹き、髪を揺らす。目を瞑っている筈なのに暗も赤も照らす光が咲く。
その光はとても暖かかった。
暖かさに心が解けて目を開くと、光で溢れたその部屋は記憶の雰囲気を残しながらも、テーブルを囲うように洋長椅子並ぶ応接室となっていた。窓辺に小さなテーブルが置かれレースの窓掛け(カーテン)が風に遊ぶ。
「ここは商談用の部屋として、
手を加えさせて貰いました。」
佐斐は床に座ったままの桜に手を差し出し、その手を取って桜は立ち上がる。二人の手はそのままに佐斐は桜を窓辺に導くと、テーブル上には一つの小箱が置かれていた。
「…これは、、」
無言のまま佐斐は桜にどうぞと微笑む。
きっと元からこの部屋にあった小箱なのであろうが、桜は借り物に触れるかのように恐る恐る手を伸ばし、手のひらの上で小箱を開けた。
ベルベットの生地が張られた小箱の中に二つの指輪が寄り添う様に収められていた。
「父様と、母様の、、」
「残念ながら、亡骸は見つからなかったのだそうです。
階を離れて亡くなってしまったと聞きましたが、
せめて一緒に居られればとこちらに。」
何も残っていないと思っていたのに、両親がそこに居た証が残っていて目頭が熱い。
なにより2人が一緒に眠っていた事が嬉しい。
桜は小箱を静かに閉じると、元の窓辺に戻し手を合わせた。
どうかいつまでも明るい日差しの中で、仲の良い理想の両親であります様にと。
ーーーーーー
結局その日は毎年の写真を探すまでには至らず、蝶屋敷は戻らなければいけない時間を迎えた。
確かに後ろ髪惹かれる思いもあったが、生家は今もそこにあり、桜が戻る気になるまでは、佐斐が引き続き画廊として維持し続けてくれるとの事で桜は安心する事ができた。
その夜、桜は夢を見た。
母の腕に抱かれた赤子は、子守唄に両親の声を聞く。
《早く大人になって、想い人の話とか聞いてみたいわ》
《勘弁してくれよ。桜が嫁ぐなんて考えたくもない》
《嫁には出さんって事かしら?
そんなこと言ってると、桜に嫌われちゃうわよ。
因みに、私は桜が思いを寄せる人と
幸せなのが一番よ?》
《確かに本人の気持ちが一番大切だと思うのだけれど、
やはりな、その、、愛娘の一番でありたい
ってのもあってだな…》
《そこは私で妥協して下さいまし》
《だっ、、妥協ってわけじゃないぞっ》
父の方を見ていた母の顔がこちらを向く。
《桜ー。大好きよ。私達に遠慮せず、
貴女の一番を見つけてちょうだいね》
両親は確かに笑っていた。
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