疑問と答え2
なぜ藤の匂い袋を持っていないはずなのに藤の匂いを纏っているのか、、
知らず知らずのうちに鬼から引き離されていた事に少なからず不信感が湧き上がる。
詠はどちらかと言えば、鬼殺隊より外の世界を見せようとしていた。ゆくゆくは好きな道に進めるようにと。だから、こうまでして蝶屋敷に縛り付けておくしのぶの気持ちが桜には分からない。
桜は夜道をとぼとぼ歩く。
蝶屋敷に戻るだけのことなのに脚が重くて仕方なかった。
「……戻りたくない、、帰りたい、、」
体は元気になったのに、胸が苦しい。
ーー此処から連れ出して…
ぽた、ぽた、ぽた…
知らず知らずのうちに涙が流れていたのかと桜は思った。しかしその雫は空からのもので、空を向いた桜をしとしとと濡らす。
皆、家路を急いでいたのはこのせいだったのかも知れず、雨はすぐに止みそうもない。
重くなっていく上着に、玉壺と呼ばれる鬼に水鉢に落とされた時を思い出す。四鬼が助けてくれたあの時を。
胸は痛み、同じくらいに苦しい。
《桜さんはその人の事が好きなんですね》
ーー、、好きなの、、きっと。
だから姿だってみたい。
声だって聞きたい。
言葉を交わしたい。
触れたい。触れられたい。
だから帰りたいの。
傍に行きたいの、、、。
今ならこの気持ちも言葉にできるから…。
それでも体を覆っているという藤の匂い。
桜は気付けなかった。稀血を喰うより不快だと鬼が口にする程匂いを纏っているらしいのに。
ーーもしももう消せない程だったら、、
浮かんだ"もしも"に桜は半ば絶望を感じてその場に膝をついてしまった。しのぶと同じ様に桜の内に藤が広がるなら、四鬼たちにとって桜はもう毒でしか無くなってしまう。
じんわりと水を吸っていく布の感覚が広がり、
雨の跳ねる音が近くに聞こえる。
冷たいはずの冬の雨。
桜にその感覚は無くなっていた。
「そんなトコで何やってんだァ…」
声と共に雨が当たる感覚は消え、雨粒が跳ね返る音はほんの少し遠くなった。
不死川の声が聞こえないわけはない。それでも桜は下を向いたまま動く気も起きなかった。
「蝶屋敷戻んぞ。」
不死川実弥はそう声を掛けると力無く膝に乗る手首をつかんだ。その肌は驚く程に冷たく、まるで氷のようだとおもう。
「早く立てェ。行くぞ」
「………い、、で、す…」
「あ"あ"?!」
「行きたく、ない、、です。」
桜がゆっくりと顔を上げると、潤んだ瞳が実弥を写す。
「蝶屋敷に、、戻りたくない、、」
ーーーーーー
段々と戻ってくる感覚がむず痒くて、手を握り、開きを繰り返す。その度にちゃぷ、ちゃぷと水音が鳴る。暖かい温もりに包まれて、桜は天井を見上げた。
ここは不死川邸の浴室。
「見つけてしまった以上、置いておくわけにもいかねェ」と桜は不死川邸へと連れ帰られた。
そしてそのまま脱衣所へと押し込められると「温まるまで出て来んじゃねェ」と戸をピシャリと締められたのだった。
ふわふわと上がる湯気が水面付近を漂う。
体温と共に下がっていた思考回路が少しずつ回りだした。
「、、私、、とんでもないことをしたんじゃ…」
《蝶屋敷に、、戻りたくない、、》
「・・・・・・・・っ、」
ーーなっ!なっ!
なんて事を言ってるの?!
男性の家に上がり込むとか
しかもよりによって、、不死川さん…
というか、不死川さんも雨で少なからず冷えてる
だろうに私が浴室占領し続けちゃダメじゃない
慌てて湯から体を上げると、ザバーっ水音がなる
「あれ、、着替えない、、」
雨に降られるつもりもなく、蝶屋敷を出た段階ではそこに帰るつもりだった桜に着替えなどあるはずがなく、もし持っていたとしても雨降る地面に座り込んでしまった時点でそれは使えるものではなかっただろう。着ていたものもまた然り。
どちらにしても、このままでは丸裸。
立ち上がったまま、冷えていた時以上に固まってしまった。
「オイ!」
「ひっ」
浴室の戸を開けられたわけではないが、突然かかった声に、驚いてしゃがみ込むと、浴槽の湯が大きく揺れてバシャーっと浴槽から流れ出てしまった。
再び体を包んだお湯は先程までより温度が上がったかのように思えてしまう。
「…、、なんか、悪りィ。
着替え!女物なんて置いてねェから、有るので我慢しろ
隠の奴がちゃんと洗ったやつだから安心しろ」
「あの、、すぐ上がります。
不死川さんも冷えてらっしゃるでしょうし」
「風邪引くような鍛え方なんざしてねェ。
もう暫く入ってろ。
で。荷物に見られて困るようなモン入ってんのか?」
「、、?特には有りませんけど、、」
「びちゃびちゃで、ひでェから、広げるからな」
「……そっ!そんな事までして頂くわけにはっ!」
「あのままじゃ俺が困るだけの話だァ」
念を押すように「くしゃみ一つでもしたら蝶屋敷だ」というと、不死川はピシャリと音を立てて脱衣所を出て行った様だ。
それはきっと脱衣所に居ないから安心しろという彼なりの気遣いなのだろう。
ーーなんだか、、別人みたい…。
《下衆にでも成り下がったんじゃねェだろうなァ?》
あの時と同じ声なのに、声色が全く違う。
疑問は浮かぶが、答えが見つからない桜は、浴槽の淵に手を置いてその手に頬を乗せた。
ーー考えるのはやめよう、、
少なくとも今は、、
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