蝶屋敷の記憶5
「私、しのぶさんが選別合格したら柱引退するから」
「「?!!!」」
その突然の宣言は、桜としのぶが12歳を迎えた後のとある日の事だった。それはまるで"今日は天気が良いね"と言うように、さも普通の事であるかのように告げられたものだった。
「師範なんで?!」
「、、、どこか悪いのですか?」
「あー違う違う。歳も歳だけど。引き継のためだよ。
蝶屋敷(ここ)も引き継いでおかないと困る事があるだろう?」
「歳?師範は年齢も性別も不詳じゃない。」
しのぶの隣で桜が控えめに頷く。
「良いから。良いから。
しのぶさんは早く私に楽をさせてくれ」
柔らかく笑った詠はその後、しのぶの選別合格をもって本当に柱を引退した。
そして蝶屋敷には新たな住人がやって来る。
ーーーーーー
蝶屋敷の庭の隅、洗濯物を協力して干すしのぶと桜を遠目に、詠は客人と話をしていた。
「氷柱(つらら)本気で言ってんのか」
「私はもう柱じゃ無いさ。後任はいるし、
私が居なくなっても蝶屋敷はちゃんと機能する」
「そう言うことを言ってんじゃねぇだろ」
「私にとってはそう言う話だよ」
詠は相手に背を向け、そうだ!と演技じみた手を叩く。
「悪いけど、君には手紙を託されてもらうよ。
私をつらら、つららと呼び続けた仕返しさ。
可愛いもんだろ?」
詠は笑った。
その複雑な思いを孕んだ笑みにその人は何も言葉を返す事が出来なかった。
ーーーーーー
ある日蝶屋敷にしのぶの驚いた声が響く。
「久しぶりね。しのぶ」
「ね、姉さん?!
森景!どう言う事?!」
「柱は引退しても、しのぶさんの師なんですけど。
呼び捨てってどうなの?
でもまぁ?鬼殺隊入隊祝いってやつ??」
しのぶが驚きと嬉しそうな顔を浮かべるが、尚も詠の言葉は続いた。
「と言うのは後付けで。
カナエさんが蝶屋敷を引き継ぐんだ。
だから、これからここに住むよ」
"後付け"の言葉が気に入らなくて、しのぶは詠に掴みかかるも、それは軽くあしらわれた。
「でも、お姉さんと一緒に暮らせるようになって良かったですね」
「ええ。まぁ。それは、、」
耳元でコソコソっと話す桜に、照れを隠しながら返事をするしのぶ。そんな2人を見て、カナエは浮かべていた笑みを深める。
「これからよろしくね。桜さん。しのぶ」
柔らかく微笑む顔は可愛らしく、しのぶの姉と言うより、詠の関係者なのでは?と思った事は桜だけの秘密である。
見えていた景色が色を失っていく。
笑い声は消えて
ひとつ、ふたつ、、、
そして暗転。
ひどい雨の音がした。
雨の匂いと洗濯物の匂いが混ざったあの日の匂い。
ひたり、ひたりと落ちる水音。
その色は悲しいほどに赤いのだ。
「詠さん、、」
気を失ってそのまま夢を見ていたようだ。
ーーどうして夢ならば最後まで
幸せなままで終わってくれないのだろう
ボンヤリとしていた視界がだんだんと形を捉え出し体を起こす。
ーーもう暗い、、
一体どれだけ眠っていたんだろう、、
桜は辺りを見回してゾッとした。
「………ここ、、どこ、。」
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