近くて遠い2


『おや、猗窩座殿ももう帰るのかい?』
『女、子供に興味はない。貴様らで勝手にやれ』
『つれないなぁ。』
『私も失礼する。』
認識していない方向からの声に桜は驚き視線をむけたが、桜に見えたのは御簾(みす)の向こうで影が消えていくところだけだった。
きっと、この後の話の展開を予感して面倒事は御免だと、早々に立ち去る選択をしたのだろう。

結局その場に残ったのはインクを被った様な鬼、琵琶を持った鳴女という鬼、そして玉壺と主様だけであった。

『君はこれからどうするの?
 "あの方"の意思とはいえ、
 俺としては人間側の回し者なんじゃないか
 ってのも捨てきれないんだけど。
 逃げられないって刻みつけておいた方が

 良いかなぁ?』

笑っているのに酷く冷たく写る。

『稀血なのだろ?その血は随分と美味いのだろうなぁ』

「……ひっ、」
近づいてくる扇が目の前で動きを止めると、パッと開かれた。触れただけで肌を裂きそうなほど薄く、それでいて細かい細工が施されたそれは、恐怖には不釣り合いに綺麗に見えた。


ーーきっと今、扇を横に薙いだだけで、
  私の首はぽろりと落ちてしまうのだろう。



     怖い。

「……た、、すけ、て」
『何を言ってるんだい?君は死なないよ?
 "あの方"の為に
 青い彼岸花を探さなきゃいけないんだから。

 でも

 多少は痛い目見ておこうか』


ーー……死ぬ…。


ジャラッという音と共に、後方へ引っ張られたかと思うと、桜は背後から抱き止められた。

『桜。大丈夫じゃ』
「哀絶さん、、」
耳元で小さく聞こえた声に、涙が溢れそうになり、目の前の剣花菱の柄が滲んでいく。

『童磨。これ以上桜を脅かしてくれるな。腹立たしい』
『面白い事にずっと儂らの所に居た人間じゃ。
 故に鬼殺の回し者なんて事ありはせん。』
積怒は童磨が桜に突きつけていた扇を錫杖で受け止めていた。ギリギリと聞いたことのない音がする。

「…や、やめてください。
 血が欲しければあげますから、、だから傷付けないで」
『駄目じゃ。そんな事儂らは喜ばん!』
『鬼の為に殊勝な事を言う人間も居るんだねぇ』

「そんな綺麗事じゃないもの、、」

『だったら何だって言うの?
 自分を犠牲にして鬼を助けようだなんて。
 鬼は死なないのだから、ただの喰われ損でしょ?』

「損なんかじゃないです。
 私の勝手なお節介みたいなもの、、、
 例えすぐに治る傷でも負ってほしくないだけです。」
『へぇー。
 気に入った!君、俺の所においでよ。
 美しいものは好きなんだ。』

『聞いて居ったのか?桜は儂らのモノじゃ。
 人間の娘に逃げられたからとて、他人のモノにまで
 手を出すな。堕姫では無いが儂も腑が煮え返るぞ』
「…人間の?」

『なら、自分等で守るしか無いよね。
 大切なモノなら尚更にさ』

童磨はニコリと笑うと、一瞬のうちに姿を消した。突然冷たい強風が襲い、桜は思わず腕で顔を覆い風から顔を背けた。

ーーあれ、、

風が吹き止んで、顔を上げると異変に気づく。
「どうして、、」
桜を抱きとめていたのは哀絶の筈なのに、桜の腰にまわる手は童磨のものになっていた。
所々で光を反射する靄が消えて行くと、そこには膝を付き顔を歪めた四鬼の姿。

『なーんだ。口ばっかりで何もできないじゃないか
 仕方がないよね。肆留まりなんだし。』
「積怒さん、哀絶さん、可楽さん、空喜さん、、」
『あれ等のこと、本当に知ってるんだぁ!
 でも残念。半天狗は君の事助けられないよ
 俺より弱いから。』

「…離してください。」
『どうして?俺たちは帰るんだよ?
 万世極楽教のお社に』
「、、自分の帰る場所は、、、自分で決めます」
『ますます興味が湧いた』

コポッ、コポコポッ、、

小さな水音はまるで水桶をひっくり返したように一気に大きな音へと変わった。
辺りを魚が群れとなって泳ぎ始め、桜を抱えた童磨を囲んだ。
 


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