近くて遠い4
向かって来ていた氷柱が、桜が立ち上がったことによりピタリと止む。
童磨と桜の間にいた空喜を除く三鬼は肩で息をしており、守られていた事実を強く感じる。
「可楽さん、哀絶さん、積怒さん、ちょっとだけ、
勝手を許してくださいね」
『桜っ!?』
驚いた顔の積怒の脇を通り過ぎ様とした時、積怒が桜の手を掴んだ。
『行ってはならん』
「私が帰るのはあなた達の元ですから。
大丈夫、、」
掴まれた手に手を重ねて、離すように促す。いつも以上に眉間の皺を深くして怒っているだろうからと顔は見なかった。
ーーいつだってそうだった。
《ここから連れ出して》
そう思っていても、自分で動こうとせずにぬるま湯に浸かって、自分の気持ちにすら気付かないふりをして、嫌われない事の方が大切で。
でも、そんなんじゃいつか、本当に大切にしたいものこそを傷つけてしまう。
ならば自分で動かなければいけない。
非力なのは分かっている。それでも我を通さなきゃいけない時だってある。
ーー四鬼さん達と一緒に居たくて選んだ道だもの。
童磨の目の前までやって来て足を止める。握った拳は少し震えていた。
『やっぱり殊勝な子だね。
自分から来てくれるんだから。
半天狗をバラさなきゃダメかなぁとか
思ってたけど手間も省けて助かっ、、』
パチンッ…と一つ、乾いた音が響き渡った。
じんわりと追いかけて来た痛みに、童磨は頬を抑えて目を丸く桜を見る。
「…貴方は、、子どもみたいです。
ひ、他人(ひと)の気を引きたいなら、
その人が大切にしているものを傷つけるのは
ま、、間違っています。
それでは貴方に留まってくれる羽は有る筈が無い」
『……、、』
ゆっくりと童磨の手が桜へ伸びる。先程までの嫌な感じは無く、桜はただ動かずに童磨の顔を直視していた。
ベン、ベンッ
琵琶の音を認識したときには、何故か鳴女の隣に桜は立っていた。目の前に居たはずの童磨は全く別の所に立っている。
『何を勝手な事をしているのだ』
「……?」
桜の後方から聞こえた声に、その場の空気が一変した。陰が有りながらもその声は凛と響く。
その声がした方へ視線を向けた桜が見たのは洋椅子に腰掛け、本に目を落としている男性の姿。
『この女を置くのは、お前達が見つけられていない
青い彼岸花を見付ける為だと伝えたはずだ。
お前達の慰みの為ではない』
『いやぁ、それでも寝起きする場所ははっきり
しておいた方がいいかと思いまして、
少々意見が対立しておりました。
俺とした事がムキになってしまってお恥ずかしい』
どこまで本気で喋っているのか、飄々とした雰囲気といい、子どもの様で違和感が際立って見えた。
『くだらん事を。
娘の居場所など、無限城の一室と決まっている。』
『そうでありましたか。
無惨様のお気持ちを汲み取れず、俺もまだまだ
未熟者ですね』
『ど、童磨殿、
そろそろ私を解放しては貰えないだろうか…』
控えめに上がった声に目を向けると、壁に氷柱で"はりつけ"状態となった玉壺が青褪めた顔をしていた。といっても彼の血色の良い顔など誰も見たことがないのだが。
『おや、そんな事になって居たとは。
半天狗でも対処できて居たのだから、
簡単に避けられるものだと思って居たよ。』
笑い声を上げながら童磨が扇を振ると玉壺に刺さって居た氷柱は氷の粒となって床へと落ちた。しかし、それだけでは無い。
『ギャァーー!!』
玉壺の悲鳴と共に氷の粒に血が降りかかった。
『失敗。失敗。やり過ぎちゃった』
『やり過ぎちゃったでは困りますぞ!』
玉壺の抗議の声を流しつつ桜の方へと童磨はチラリと視線を向けたが、彼女は眉を顰めて口元をおさえていた。
その姿で童磨は察する。きっとこの桜という娘と分かり合う事は難しいのだろう。自分には欠けているモノが彼女には受け入れられる物ではないらしいのだ。
無惨の目的の為に居ると分かって居ても、手に入らないというのは、どうしてもモヤモヤが残る。
《貴方に留まってくれる羽は有る筈が無い》
『………鳴女。俺を戻してくれ…』
ーーーーーー
桜にはこの場を去ろうとしている童磨の姿が酷く淋しそうに見えて居た。
「あ、あの、、童磨さん、、
叩いて、すいませんでした…。
きっと貴方を好きにはなれないけど、、
お話し相手になら、、」
『桜、、』
哀絶が桜を見つめている。
名前だけを呼んで、他は一切口にする事なく。
ーー私はそんなに器用じゃないから
幾つも幾つもは大切にはできない。
罪悪感を感じながら、言いかけた言葉を飲み込んだ。代わりに何かを続けようとも思ったが、結局何も言葉が出てこない。
『桜、だったね?
また縁がある事を願ってみるよ。またね』
琵琶の音で童磨、そしてついでの様に玉壺も消えた。
よく喋る童磨が消えると、極端に静かになるのだった。
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