近くて遠い6
桜は走り出した。
しかし、それは階段のほうではなく、一直線に四鬼の元。
勢いのまま、申し訳程度に付いた欄干を越えて一階分を飛び降りる。
驚いた顔の四鬼達が慌てて走って手を広げるのが見えた。
何も怖くなかった。躊躇いも何もなく。
彼らなら必ず受け止めてくれると、そう思えて仕方なかったから。
幾許かの衝撃の後に、高いわけでもない体温に支えられて、包まれて、上げた顔に四鬼と主様が映る。
「只今、帰りました」
『カカカッ。なんて無茶をしよる』
『笑い事ではない。やはり桜は怖ろしい…』
『危ない事は良くない。
何かあってからでは哀しい…』
『カカッ。何にしても喜ばしいぞ!!』
「早く…帰りたくて、、」
『藤の香で近寄れずに、哀しかった、、』
やはり、近くに来ていたと分かりますます胸の中が暖かくなる。
各々言葉を交わしてくれるのに、1人だけ何も口にせず、桜から離れた者がいた。彼の眉間の皺は普段よりも深い。
「…積怒さん?」
声を掛けても、反応は返ってこず、桜は小さく「ごめんなさい」と口にした。
『、、戻るのが遅い。
そもそも風邪など拗らせおって痴れ者が!!
それに飛び降りるなど、
馬鹿のする事ぞ!腹立たしいわ!!』
「一緒に居られると分かって
羽が生えた様な心地になってしまって」
桜の言葉にも、積怒はその開いた距離を詰めようとはしない。
『おぉ?積怒は桜の隣を退くのだな!!
それは良い!儂は遠慮なく愛でさせて貰うからのぅ。
積怒はせいぜい眉間の皺と仲良くして居るが良いわ。
想像するだけで楽しいのぉ!!カカッ』
桜に抱きついて頬を寄せた可楽は積怒へ見せつけるようにニヤリと笑いを浮かべる。
「か、可楽さん流石に、、近いです…」
『可楽離れぃ!!儂とて桜の隣に居りたいわ!』
『空喜は先程桜を抱えて飛んでおったじゃろうが』
『そして哀しいほどに落ちた…
痛いところは無かったじゃろうか?』
『だーれも儂の心配はしてくれなんだな…。
童磨から取り返したのは儂だと言うんに』
「そうでした!空喜さん羽は…?」
少しだけ不満そうにしながらも、可楽が桜を離すと彼女は空喜の羽を確認していく。
『くすぐったいぞ。
時期に治ると言ったであろうが。問題ない!
しかし、心配してもらえると言うのは喜ばしい』
桜が触れた羽に自分でも触れて空喜は笑った。
『桜に怪我はないか?』
空喜と桜の間を割るように間に入った哀絶は頭、肩、腕、膝、足とぽんぽんと触りながら怪我がないか確認をする。最後に肩に再び手を置くと顔をまじまじと見た。
『哀しみに気が狂うかと思った…』
「すいません。
でも、、おかげさまで、元気になれました。」
笑って見せると肩に乗った手は背中へと回った。額に口付けて、その後哀絶の頭は肩の上に、こてんと乗った。
甘えている哀絶の頭を撫でようと手を持ち上げたところで、琵琶がベベンと鳴り、桜を囲んでいた可楽、主様付き空喜、哀絶が姿を消す。
「……え??…どうして?…」
『桜。帰るぞ』
首をもたげた不安の気持ちが、背後からかかった声によって静まっていく。
「積怒、さ、ん」
『奴らは先に帰しただけのこと。
五月蝿い奴等は腹立たしいだけじゃからの。』
「…良かった、、」
『ほぉ?儂が目の前に居るというのに、桜は他のを
心配をするとは、全く腹立たしい限りじゃ』
積怒が桜へ近づいてきていた。
「突然消えてしまっては心配するのは、、」
目の前に来た積怒はそのまま桜の唇を塞いだ。すぐに離れたものの、息が掛かるほどその距離は近い。
『目の前に居るのは儂じゃと言うて居るぞ』
桜はそのまま口籠る。
『……逃げずに居るなら再びその唇塞ぐが?』
妖艶な視線に顔がボッと熱くなって桜は慌てて唇を手で押さえた。
「…あっ、、えっと、、その、、
…今は勘弁してください…」
『…フンッ。
苛々せぬうちに帰るぞ』
二度目の口付けは拒否されてしまい、ほんの少しだけ癪に触った積怒は、元々住処としている部屋へと向かって一人歩き出す。
後ろを追いかける足を聞きながら。
桜の赤くなった顔を思い出すと、苛々は溢れてきそうにない。恥じらいで口元を手で隠し、目を逸らした姿も愛らしい限りだった。
《…今は勘弁してください…》
ーー……"今は"、、とな…?
気づいた瞬間に足が止まってしまった。
「、すいません、積怒さん、、
遅いですよね、、ちゃんと追いかけます」
少し肩を揺らして息をする桜に、積怒は小さく息を吐いた。
『ほれ、手でも掴んで居れ。』
桜の方を見ずに手だけを差し出す。掴まれなくとも"それまでだ"と。
しかし思いがけずに手が触れた。
「…よろしく、、お願いします、、」
きっと今も愛らしい表情をしているのだろうと思うと、積怒の口の端が上がった。
桜が鬼殺隊の元から戻るまで、思っていたよりも時間が掛かってしまった。だからこそ桜が病を治し今、こうして手を握っている事がとても特別な事に感じる。
それは"鬼にぜす、人間のままで"との考えが間違っていなかったと思えるもので、これからまた共に過ごす日々を思うと苛々など湧かぬのでは無いかと思えるほどだった。
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