知ること
「……ん、、」
桜はまだ眠気の残る目を擦って体を起こす。
ぼーっとしながらも辺りを見渡すと、柔らかい敷布の上に四鬼達が目を閉じて転がっている。
鬼に寝るという行為の必要、不必要は定かでは無いが、桜が四鬼らの元に戻って以来、目覚めると必ず彼らがそばで横になっていた。
そろそろと音を立てないように起き上がると、身支度を整え台所へ向かう。
一人分の食事を用意し、済ませ、皿を洗うべく水に手を伸ばした。冷たい水は僅かに残っていた眠気を吹き飛ばし、完全に目は覚めた。
さて、少々季節が進みました。
眠りについた山でも段々と目覚めの風が吹くようになってきました。
植物の眠る冬の間は、月様との約束を守りたくても難しい為、色々な植物辞典を読み漁りました。彼岸花と思っているだけで、もしかしたらよく似た花という可能性や、海の向こうの異国の花という可能性だってありますから、植物の目覚めを待ちながら知識を蓄える事にしたのです。
そして今日は、、
皿を洗い終えた所に、背後から伸びた手に抱きしめられた。
『今日も桜は働き者じゃなぁ。
ん…手が赤くなっておる、、』
一旦離れると、向かい合うように体制を変えて桜の手は現れた鬼の両頬に当てられた。更に上から手を被せるように包み込むと、その鬼は満足気に笑い声を上げた。
『カカッ。温くなるじゃろうか?』
「そうですね。ですが、これでは可楽さんが
冷えてしまいますよ」
『その時は桜に温めてもらえば良いだけじゃから
なんの問題もない。
むしろ楽しくて仕方がないほどじゃ』
可楽が頬に当てていた桜の手を握ると、頬から離し代わりと言わんばかりに口付けを落とす。
手を封じられては口元を隠す事も出来ずに、結局桜は諦めた。四鬼達、特に可楽はしょっちゅう唇を狙ってくるので、彼にとっては挨拶に近いものであると思う事にしていた。
恥ずかしい事に変わりは無いのだけれど。
「、、ん、んー」
『なんじゃ?』
「、、な、、長い、ですよ、、」
『嫌がって居らんから、良いのかと思ったぞ?』
「て、、手を掴んでいるではないですか、、
逃げられ、ませんよ、、」
『おや、本当じゃ。忘れて居ったわ』
カカッと笑いながら可楽はその手を離す。
《忘れて居った》など、そんな訳は無いのだろうが。
顔だけでなく冷えていた手までもが、熱を帯びてある意味良かったのは嘘でないが、それでもそれを良しとするわけにもいかない。
『今日も調べ物かえ?』
「いえ、今日は…」
今日は、生家を管理しつつ画廊を開いている佐斐の"つて"で風信子と言う花を見せてもらう事になっていた。
「だいぶ違う花だとは聞いていますが、青い花も
あるそうなので、何か参考になりはしないかと
見せていただく事にしました」
『その足で無惨様にも報告に行くのじゃろう?』
「はい。そのつもりです。
陽が沈む頃には戻って来ますよ」
『一生懸命になる姿も好きではあるが、
なんじゃ、妬けてしまうのぉ。』
可楽は笑うと同時に桜の腕を強く引いた。突然引っ張られた桜の体は可楽の腕の中に収まる。
腰に回された手は力が入っていて、先程より逃がさない感が強い。引っ張るために掴んだ腕を離すと、桜が腕の中から不満げに可楽を見上げた。
『髪が伸びたのぅ』
ゆるく波打つ髪は、もう背の中ほどまで伸びていた。
顔にかかった髪の毛をすいて、可楽は顔の脇へとながす。桜の髪をゆっくりと撫でると、そのまま下がり、頬で手が止まる。可楽は再び桜に唇を寄せた。
ぐっ。
『いだだだだだーー』
「?!!」
『犬猫のように朝から盛(さか)るでない。
哀しいほどに品がない…』
『髪の毛を引っ張るとは痛いじゃろうが!!
積怒でも腕を掴む位の優しさが有ったぞ。
ん?哀絶。犬猫?、、犬猫ならば許されるのか?!
ならばそちらの方が楽しそうじゃのう!』
ブンと音がしたのち、哀絶の槍が可楽の眼前に突きつけられた。
『桜に一生近づくでない。』
『それは出来ぬ相談じゃのう』
羽団扇で槍を退けると楽しいとばかりに笑い声を上げる。
「お二人とも、喧嘩はおやめください」
暴れられてはあちこち破壊されてしまうのが目に見えて、止めようとするものの、二人とも武器をしまう様子は無い。
『桜に一生触れぬなど約束出来るはずがなかろうが!
寧ろ一生腕の中に収めておきたいぞ!
コロコロ変わる表情も、頬を染める姿も愛い
桜が居るだけで何よりも楽しいのじゃ!!』
『桜で遊ぶでない。桜が困って居るのは哀しい…
それにいつもいつも隙有らば直ぐ口付けおって…。
口寂しいのなら、その辺の草でも食(は)んで居れ
儂の桜に手を出すで無い。』
『じゃから、何度も言っておろうが
"哀絶の"桜では無い!"儂らの"桜じゃ!
羨ましいのなら、哀絶も桜に迫れば良いではないか』
「なっ!!!」
『桜が哀しむ事をする気は無い』
『ならば儂が楽しませてもらうだけのことじゃ。
唇も、髪の毛も、肌も、声もな!』
『良い訳なかろうが。理解がないと言うのは哀しいのぅ
それに、
儂の愛でる桜をその程度で終わらせる訳も無かろうが』
「ちょっ!!ちょっと!お終い!お終いです!!
なんなんですか…、1番恥ずかしい思いをするのは
私じゃないですか…」
頬が熱くて桜はしゃがみ込んで顔を伏せた。
『丸くなってしまったぞ』
『何をするにも桜は愛らしい。
じゃが顔を伏せてしまっては哀しい、、』
右からは可楽、左からは哀絶の声がする。
どうやら争い事(?)は終わったようだ。
それでも桜の頬の熱はまだ解消されそうにない。
「また真っ赤だなんだとおっしゃるではないですか…」
『愛らしいのだから仕方ない…』
『うむ。うむ。
ところで、桜。何やら予定があるのではなかったか?』
「………時間っ」
起きてからそんなに時間が経っていないとしても、鬼たちとの生活で、そもそも桜の時間というものは大幅にずれているのだ。
一気に頬の熱は引き、慌てて立ち上がる。
あらかじめ支度しておいた荷物取って「行って参ります」と駆け出そうとした所で、可楽と哀絶が桜を呼び、振り返った。
両頬に当たる柔らかい感触。
『気をつけて、行ってくるんじゃよ』
『出来るだけ早く戻ってくりゃれ』
耳元で発せられた言葉に、頬に当たったのは唇だったと遅れて理解した。
「…!!」
急速に熱が舞い戻り、言葉にならない声を上げて桜は逃げるように走り出した。
残された可楽と、哀絶がそれぞれ満足そうな、表情をしていた事を桜は知らない。
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