知ること4
話を始めた空喜を振り返ろうとするも、肩に空喜の顔が乗っていて桜はその表情を窺(うかが)うことができない。
『儂らは元々ひとつの鬼でな。
そもそも、好いた者にもう一度会う為に鬼となった
主様を死なん様に守る為、主様の感情が別れて
儂ら四の鬼を形取って居る…』
積怒が怒りを、哀絶が哀しみを、可楽が楽しみを、そして空喜が喜びを。
「、そんな、、」
ーー似てるだけじゃなく、同じ?
『じゃからのぅ。そもそも儂らは"鬼ですら無い"のやも
しれん。主様を守る為に、主様から切り離された
感情の欠片じゃ。
人間に戻ると言うことは、
儂らが一つに戻るという事。
さすれば、憶測じゃが、
儂らは儂らのままでは居れんのじゃろう…』
「……その、、
……主様は会えたのですか?」
空喜がフッと小さく笑う。
『鬼になる前に好いた者は死んで居ってな。
全く同じ者に会う事は叶わなんだ』
「……それでは鬼になった意味は、、」
『意味か、、難しいのぅ。じゃがな。
巡った魂は、10を迎えた女子(おなご)に宿ってな。
最初こそ何をそんなに儂らを惹きつけるのか
分からんかったが、時期に目が離せなくなって居った』
何故か桜の心の奥がズキっと痛んだ。
『その女子が主様の求めた魂持ちだと知った時は
所詮、儂らは主様の一部で、それぞれに心など
無かったのかと、ぽっかり空いた穴を
覗き込むような気になってな。
喜びしか知らん儂は、なんやしっくりこない日々
をしばし過ごす事になったのじゃが…』
「空喜さんも心は有ります。
勿論、積怒さんも、可楽さんも、哀絶さんも。
皆それぞれ、私に心を寄せてくれるではないですか。
…その子はきっと幸せですよ。
もう一度逢う為に生の理(ことわり)すら超えて
そんなに思ってもらえるだなんて」
『幸せかの?』
「だと思いますよ。……羨ましい位に…」
『羨ましい?…何故じゃ?』
「何故って…一つの感情を超えてその子を想う気持ちを
知る位なのですから、すごい話だと思います」
『じゃからとて、羨む?
桜は自分を羨ましいと思うものなのか?』
「・・・・・・ん?」
『ん?…全て桜の事ぞ?』
「・・・・え?」
《その子はきっと幸せですよ》
《思ってもらえるだなんて》
《……羨ましい位に…》
《一つの感情を超えてその子を想う》
「・・・・・・」
桜は顔に手を当てて一気に上がる体温に、戸惑っていた。寒さなんて飛んでいってしまった。むしろ暑いくらいに感じる。しかし、頭の中は自分の発言でぐるぐるして思考回路が働いてくれない。
『そうか、そうか、桜は幸せなのじゃな!
喜ばしいぞ!こうして座って居る故、顔を見る事が
叶わんのが残念じゃがな』
空喜が抱きしめているうちの片腕を離すと、顔を隠している桜の手をとる。目線の高さで手を繋いで、指を絡めて、握って。人の型とは違う異形の為に傷つけないようにとするその動きは繊細で、それが少し艶っぽい。後方へ導かれた指先に柔らかい感触が当たった。
『儂は、異形の儂にも躊躇わずに触れてくれる
桜の事が好きじゃ。傷付けば心を寄せ、風邪をひけば
治療を試みて、儂らと人間を区別せんでいてくれる。
儂は、桜の事が大好きじゃ』
「・・私は、、」
《主様の感情が別れて
儂ら四の鬼を形取って居る》
四鬼の成り立ちを知った桜は、気持ちの置き場が分からなくなってしまった。
「空喜さんの事、、皆さんの事、、」
『誰を好いて居るとかそういう事なら、、
儂が一人で聞いて良い話でなければ、
聞く心づもりも立ちようがない。…だからの。
今は桜の心の内に留めて置いてくりゃれ』
桜の手を握ったまま、空喜の手はもう片手の待つ桜の腰へと戻っていった。
『それでな。
人間に戻ったとして、誰が表立って残るのかは
分からぬ。一つに戻った時は主様の姿じゃし、
元が主様なのだから、人間となったとしても
爺の姿なのやもしれん。
桜の望む姿で。
儂らの中で一番思っている姿で有れるのならば
消えるとしても喜ばしいのかも知れんが…。
しかし、、、やはり、儂は消えてしまうのは嫌じゃ。
桜に触れたい。触れてほしい。
こんな異形であっても傍にいて良いとしてくれた
この喜びを忘れとうない。
だから、すまんの。
なれるであっても、儂は人間になりとうない』
空喜が抱き締める腕の力が強くなっていた。
痛くは無い。
でも、桜は心が凄く
痛かった。
涙が溢れこぼれ落ちてしまう。
空喜が『儂らの為に泣いてくれるなど、喜ばしい限りじゃ』なんて笑い声をあげていたけれど、本当は空喜も泣きたかったのではないかと桜は思う。
少し身を捩ると、空喜の腕の力が抜けた。言葉にできないモヤモヤが苦しくて、体の向きを変えて桜は空喜にもたれ掛かった。
そんな珍しい姿に、空喜は黙って抱きしめ直す。
その夜いつの間にか眠りについてしまった桜は空喜によって屋敷まで運ばれることとなった。
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