知ること5
その日は目覚めるといつも周りに居る四鬼の姿がなかった。寂しいと思う反面、もし彼等がいたらどう接したら良いかと考えてしまう自分がいる。
ーー好き。それは間違いないのに…。
目の上が重い。昨日泣いてしまったから、今日はひどい顔をしていることだろう。まずは起きて顔を洗いたい。冷たい水なら目の上の腫れぼったさも落ち着けてくれるかもしれない。
でも、どうしても起きたくない。
ごちゃごちゃした心は重くて、桜は再び敷布に転がり頭まで布団を被る。
ーー分かってる。最初から分かってる。
気づいた時から、、ずっと。
許されない気持ちだってことも。
泣いても仕方ないことなのに、また涙が浮かんで桜は強く目を閉じた。
ーーーーーー
夢を見ている。
しかし、この夢に見覚えはない。蝶屋敷でも無ければ、生家でもない。もっと古いが、手入れの行き届いた純和風の家屋。
遠くでは賑やかに商売の声だろうか。
走り回る音もしている。
桜は賑やかな声とは反対方向へ廊下を歩いていく、夢と言えど不法侵入で問い詰められては何と答えたら良いのかわからないから。
細く襖の開いた部屋の前を通った時、誰もいないと思っていたその空間に初めて自分以外の誰かを認識した。
布団から身体を起こして外を眺める儚げな横顔。
ーー誰だろう?
身を乗り出して覗き込もうとすると、襖に当たり、ガダっと音を立ててしまった。
「、、だれ?、、」
「……」
「わかりましたわ!半(はした)様ね!
早くお入りになって。今日は熱もなくて元気なの。
退屈でかえって元気がなくなりそうですわ」
期待に満ちたような少女の声。確実に認識されてしまえば、ここで顔を出さないのは"感じ"が悪い。きっと姿を見せれば、部屋の中の少女は期待はずれとがっかりしてしまうだろうが、顔を出さないよりはいいだろうと自分を正当化した。
「は、初めまして、、」
「……?どちら、様、ですの?」
「あ、、いや、、その、」
「まぁ!目が赤いじゃないですか。
何か悲しいことでもあったのです?」
少女は布団から立ち上がると、背伸びをして桜の頬に手を添えた。ヒヤリとした手なのにそれがとても心地良かった。
「・・・・・」
「私は櫻と申します。少しだけお話致しましょう?」
少女はニコリと微笑んだ。
ーーーーーー
櫻という少女はつい最近、大好きな婚約者との婚約を解消されてしまったのだという。
それ以来、元婚約者は櫻の元に来ていないのだという。両親は家柄がどうとか言っていたが、櫻にはそんな事、どうでも良く、
「私は半(はした)様が愛しいのです。
でも、、残念ながら私は長くは生きられないの
だからこそ一緒に過ごしていたいのに…」
「許されないと分かっているのに、
どうして思い続ける事ができるのですか?」
桜の顔を、櫻はまんまるな目で見つめた。
「どうして許される必要があるのです?」
「……え?」
「だって心は私のものよ?
確かに人様に迷惑をかけるなら憚られるものかも
しれないわ。でも、この気持ちは誰に迷惑を
かけるものでも無いもの。
私は半様が好き。
それ以上でもそれ以下でも無いわ」
ーー許される必要はない…。
「でも、、私が告げた想いは、私が死んだら
あの方の、呪いとなってしまうかしら、、
彼はちゃんと幸せを見つけてくれるかしら、、」
櫻は想い人の行く先を想って視線を落とした。悲しまないでほしいと思うのに、櫻の命のことも、半という人の事も大丈夫などと簡単な事は口にできない。桜は二人の事をほぼ知らないのだから。
ーーでも、、
「私は、私だったら信じたいです。
幸せを見つけて、過ごしてくれると。
そして、その想いは、いつかまた巡った命の先で
繋がる為のものであると…信じたいです」
「、、ありがとう」
櫻は笑った。白い肌を桃色に染めて、、
部屋の外から「櫻様」と声が掛かった。
あんなにハキハキと喋っていた櫻が、そわそわと髪を手櫛で整え始める。桜と目があって恥ずかしそうに目を逸らして。どうやら想い人が見舞いに来てくれたらしい。
「私は失礼しますね」
「そっ!そんな。居てくださいませ。」
「野暮な事は致しませんよ」
立ちあがると櫻が桜の着物を掴んだ。
「、、桜さん。愛しの方と仲直りしてくださいね」
ーー仲直り、、とは違うんですけどね、
桜が「約束します」と微笑むと、櫻も笑って掴んだ着物を離した。するとその少女は大量の櫻の花弁に包まれ、強い風が吹く。花弁はその風に乗って櫻共々姿を消した。
ーーーーーー
薄暗い部屋の中。元々陽光の差さないこの部屋では、時間の感覚はほとんどない。
ーーどれくらい眠ったのだろう。
優しい夢を見た気がするのに、どんな夢だったかを覚えている事はできなかった。ただ、眠る前よりはぐちゃぐちゃした心が落ち着いた気がする。
『桜。具合が悪いか?普段通り起きぬ故、
苛々したぞ』
目を開いて見えたのは積怒の顔だった。眉間に皺はよっているものの、それほど深いわけでもなく、言うほど怒ってはいない様だった。
桜は手を伸ばす。その手が積怒の頬に触れると、彼は少し驚いた顔をした。
『、、怖い夢を見たか?』
頬に触れた桜の手に積怒は手を重ねると、敷布に横になったままの桜の額に唇を落とした。
「……皆さんは、、」
『桜が起きたとあれば、直ぐに集まってくるじゃろう…』
桜の手が離れると、少しだけ、いじけたような、不満気な積怒に桜は起き上がって微笑む。
「具合が悪い所もありませんし、怖い夢も見て
おりませんよ。少し眠かったのです」
《、、桜さん。好きな方と仲直りしてくださいね》
桜の中で響いた少女の声。懐かしいような気がするその声は心の中に温かい火を灯した。
「ただ、、皆さんにお話したい事ができました」
積怒は桜の頭を撫でると、『皆を呼ぶ』と桜に背を向けた。
「せ、積怒さん…急いだ話ではないので、、その、、
心の準備が…」
段々と小さくなっていく声を背に、部屋を出る前、肩越しに振り向いた積怒は語調を柔らかくした。
『桜の話ならば、僅かでも早く聞きたい。
耳触りの良い桜の声を儂は気に入って居るのでな。』
『いつかのように、また歌え』と言葉を残して襖の向こうに積怒の姿は消えた。
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