伝えること3


ーーまだ心臓が落ち着かない。

何度も深呼吸を繰り返しても、胸の鼓動は強く鳴り続け、それに気付いたことで頬が熱を持つ。

恥ずかしい。でも、包むのは不快さでは無く、ずっと浸かっていたいと思える暖かさ。

きっとこれが"幸せ"というものなのだろう。

18歳で終わると思い、欲など持たなかった。ただ流されるまま、詠に助けられた命が尽きるまで、与えられた環境で恩返しが出来ればそれで良い。だって私は10歳で死んだはずなのだ。既に余生ならそれ以上を望むなど贅沢な話で、そんな事すべきではない。
ずっとそう思っていた。

それが、不思議な事に18歳となって、私を殺すはずの鬼達は、殺すどころか、私に愛を与え続けた。

ーー愛を知りたいと思えるなんて

『…しい。、、おも、、、のか…

 桜は儂が可哀想だと思わんのか!』
「??!!…主様?
 ごっ、ごめんなさい。考え事をしていて…」

《儂らは主様の感情の欠片じゃ》

桜が手のひらを差し出すと、主様は『よいこらせっ』と、その上に乗った。

《全く同じ者に会う事は叶わなんだ》
ーー私はそんな事、耐えられるだろうか、、
胸の奥がズキッと痛む。

桜の魂は主様が想いを寄せた人のものだったらしい。命を差し出せば主様はその想い人と再び見(まみ)える事ができるのかもしれない。それでも、桜は命を渡すことをしたく無い。

四鬼達と生きていたい。

「主様ごめんなさい。
 あなたの想い人の魂でも私は…」
『儂も変わってしまった。嘘を好む世間に流され、
 偽りの仮面を被り、名を変え、虚言を重ね
 もう、自分が何者であったのか分からぬ。
 呼んでくれた名すら…もう思い出せぬのじゃ…
 彼女が心を寄せた儂では無ぅなってしまった』

覚えているのは、落ちていくその手を取ることができなかったあの時の目と、生きてほしいという願いだけ。
再び会うために鬼になったというのに、笑い顔ですら靄がかかってしまった。

だからこそ、桜が四鬼達に心を寄せてくれた事が欠けた心の虚を満たしていく気がする。想い人を諦めたわけでも、諦めるつもりもないが、今は桜が桜であることで十分。
『、、儂は桜が幸せを感じることを願う。
 それだけの存在で十分なのじゃよ』

ーー嘘だ。そんなの。人間である事を
  やめるほど想いがその程度なはずがない。
「怖い…ですよね。
 拒絶されてしまうかもしれないと思うと、
 心が痛いですよね」

桜は目の前に主様が乗った手を持ち上げると額を主様に寄せた。魂というものが何処にあるのかは分からない。心は脳のことを指すのか、心臓のことを指すのか分からない。
「でもですね、私が四鬼さん達に惹かれたのだって
 私の中にある魂が恋をしていたのかもしれませんよ
 だから、人を想うことを怖がらないでください」

ぽてっと桜と主様の額が触れ合う。目を閉じると2人は同じものを見ていた。

ーーーーーー

一人の娘が何処か遠くを見つめている。
思い詰めた様子でため息をつき目を伏せた。

『………櫻、』
ーー…櫻?

主様の呟きに、桜が娘から声の方へ視線を向けて驚いた。そこに居たのは、小さな鬼のお爺さんではなく、四鬼達よりももっと若い、少年の姿をした主様。耳の形が人のそれとは違って、ツノももある為、鬼である事には変わりはないのだろう。

主様は櫻と名を呼びながら、娘に駆け寄った。
その声に視線を主様へ向けた娘は、笑顔を浮かべかけて固まった。

「………さま?」

気付いてしまったのだ。人では無いその姿に。
主様の足は、娘にたどり着く前に止まってしまった。
『…桜、、やはり駄目じゃ。
 鬼を受け入れられる者など、そうそう居る訳もない』

主様の内側でざわざわと黒い気持ちが湧き上がる。後悔も、恐怖も、苛立ちも、混ざり混ざって憎しみへ色を変えていく。
それは痛くて、苦しくて、悲しくて。何故こんな辛いものを桜は見せたのだと思う。
愛しい気持ちは形を変えて恨めしい。額に血管が浮かび、爪は一層鋭さを増す。

『桜を…信じなければ良かった…』
桜に爪を向け姿勢を低くした主様。その目からは涙が流れ落ちていた。

感情の欠片に好かれても、根っこの部分で嫌われてしまえば仕方がない。苦しませてしまったのは桜の方だ。

ーーごめんなさい、、
  あなたの心を踏み躙った、、

主様が地を蹴る。

ーー積怒さん、可楽さん、哀絶さん、空喜さん
  さよなら、、、でも、、

  お別れしたくないなぁ……


「半(はした)さま!!」

鶴の一声とでも言うのだろうか。明るく透き通った声に主様は動きを止めた。そればかりか、声に振り返ると、再び絞り出す様に娘の名を呼ぶ。

『……さ、、くら…』

「やっぱり、、半様なのね。」
櫻が微笑む。あどけなさも残るその顔にも涙が流れていた。

櫻は半を追って走る。
『櫻っ走っては駄目じゃ!』
体が弱い。直ぐに息は上がり、咳き込んで気管を痛める。

半は踵を返し、駆け寄りながら櫻へ手を伸ばした。

やっと会える。再び触れられる。
まずは何から伝えよう。そんな事、なんでも良い。
考えたってきっと言葉にならない。
ただ再び会うためにここまで生きて来たのだ。
何もいらない。櫻さえ居れば。

足が縺れ櫻の身体が傾く。
『……っ!!』

速度を上げた半はその勢いのまま、櫻を胸の中へと抱き締めた。





筈だった。
 


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