伝えること4
『……な??』
傾いた櫻の身体を、駆け寄った半が抱き止めた。少なくとも半はそのつもりだった。
しかし、櫻の身体は半の体をすり抜けて一人地面に膝を落とした。
『…何故、じゃ、、、』
直ぐさま膝をつく櫻に向き直るとその体を抱き寄せようと何度も、何度も、何度も手を伸ばす。しかし、何度手を伸ばそうが半の手は櫻の身体をすり抜けて触れられない。
「……っ。やっぱりこれは罰なのかなぁ…
半様…ごめんね」
『罰?何故櫻が罰を受ける必要が有る?!』
きっと、懸命に笑顔を作っているのだろう。泣きそうなその顔に、大丈夫だと抱き締めてやりたいのに叶わない。"せめても"と思って地面についた櫻の手の上に半は手を重ねた。勿論触れた感触もなく、視覚的にも手の周りが薄い膜で覆う様に白く縁取られ決して交わる事は無いと言われている様だった。
「私ね、、殺してしまったの。自分を。
川に落とされた事で弱ったのは間違いないわ。
でもね、持ち直して快方に向かっていたの。
だけど、、、半様が助けてくれたって…
私を殺そうとしたのは婚約者の方だって…
何度言っても、信じてもらえなくて…」
真実が広がる事を焦った人達は強引に既成事実を作ろうとした。
櫻は知らなかった。櫻の家もじわじわと商売が傾き始めており、両親が焦っていた事を。
半の家が櫻の家の商売の支えになっていたと気付いた時には時はすでに遅かった。
せめて半を大切に扱っていれば、まだ"よしみ"で助けてくれた人もいたかも知れないが、それすらも早々に切り捨ててしまった。
「嫌だったの。どうしても。
半様以外の誰かのものになんてなりたくなかったの」
櫻は手元にあったありったけの薬を流し込み、自ら命を絶った。
「たとえ自分の事でも、殺してしまったから、
神様が怒って、一人の人間として…
"私"として生まれ変わらせてもらえなかったのね」
『違う。咎を受けるべきは儂の方じゃ…
櫻のせいでは無い。
儂はもう櫻が好いてくれた儂では無い…
人の命も奪った。
儂が鬼となった故、櫻が迷子になってしもうたんじゃ』
「……鬼…」
『櫻のせいでは無いぞ。
どんな存在となってでも櫻を待ちたかった。
これはただの儂の我が儘じゃ』
「…困った二人ね」と櫻は笑った。
「でも、だから、、会えました」
例え実体はなく、触れる事ができなくても。こうして言葉を交わしている。
「桜さんのおかげね。
彼女が信じてくれたから、今が有る。
半様。桜さんを大切にして下さいませ」
『安心して大丈夫じゃ。
桜は既に儂の欠片達の特別じゃからのぅ』
向かい合う二人にもう涙は無かった。
「暫く桜さんの中で私は眠り続けます」
次は必ず自分達として会いましょう。魂だけの存在ではなく、鬼でもなく、ただ男女の人間として。
櫻の身体が光に包まれ、泡に変わっていく様に消えていく。
手を伸ばしたらあっという間に消えて無くなってしまいそうで、半はその美しい櫻をただ見つめ続けた。
櫻の全てが消えてしまう直前に、桜は「ありがとう」と声が聞こえたような気がした。
ーーーーーー
不思議な感覚を持って、桜と主様は目を開ける。主様の姿は目を瞑る前に戻って手のひらに乗る小さなお爺さんだった。
「主様。私、、空喜さんも哀絶さんも
可楽さんも積怒さんも好きです。
例え、主様の欠片の彼等でも、
私は一緒に生きていく事を望みます」
『無理はしておらぬか?
櫻の魂にあてられただけと、自分が可哀想とは
思わんのか?』
「…主様は鶏と卵どちらが先だと思います?」
『……む?』
「結局は、どちらでも良いんです。
今、四鬼さん達を想う気持ちが私にある。
それだけ分かれば、問題ないのです。
《だって心は私のものよ》ですから」
死んでしまった櫻を想い続けるのだって、鬼で、ましてや本体ではなく感情の欠片という曖昧な存在を想う事だって、それほど大きな差はないのかも知れない。
卵が先か鶏が先か結局答えは出ない。ただ櫻の魂が宿った先が桜の元で良かったとそれだけが主様の確かな答えだった。
『では益々、儂は死ぬ事が怖ろしい。
桜の為にも、頸を落とされん様気をつけねばのぅ』
「それは、是非とも宜しくお願いしたいです」
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