約束2
嫌な予感がして桜は可楽の行動を止めに入った。慌てた桜と対照的にまんまるい目をして『何事か』と言う可楽の腕についている蚊を潰した時に付いた、"おそらく桜の血"を急いで拭き取った。
「ダメですよ。そんなの舐めようとしちゃ!」
『問題なかったんじゃがのう。
匂いが桜の血に間違いなかったぞ?』
「問題だらけでしょうが!!
虫の体液と混ざったものを食べるなんて。
そこまで食い意地張るような事ですか?」
『んー。桜の血は特別じゃからの』
ニコニコの笑顔でぐるぐる考えていた事など吹き飛んで、"特別"の言葉に照れてしまう。
一つの欲がポッと湧く。
でも、これは口にしてはいけない。
私の血ならいくらでもあげるから
もう誰の事も食べないで、、
その唇が他の肌に触れる事が嫌なの
『……桜?』
ーー欲は、、苦しい、、
「少しなら大丈夫…です、、血をのんでも…」
『…………』
「って、何言ってるんでしょうね。皆さんが我慢して
くださっているのに、血を飲んで良いだなんて…
忘れてください…」
桜の体は突然に引き寄せられ、あっという間に腕の中にいた。頬に手を添えた可楽の手によって視線は絡み合う。
『忘れられる訳、無かろう?
そんな心踊る楽しい言葉を』
「……忘れて、、ください…」
『頑固じゃのう。そうじゃ。
桜から口付けてくれるなら忘れてやっても良いぞ』
少しの葛藤ののち、桜が唇を引き結んで可楽の顔に近づこうとした。
『言い忘れたが、頬ではないぞ。
ちゃんと儂の唇に桜から口付けを。のぅ?』
可楽は桜の頬から手を外すと、桜の手を取って自らの唇を触れさせた。
ニヤリと意地悪に微笑みを向けると桜の顔はみるみる赤く染まっていく。
わなわなと震えながら搾り出した言葉は聞き取る事ができず、『なんじゃ?』と耳を寄せる。
「い、、今は、まだ、、恥ずかしすぎて…」
『"今は"な。では約束ぞ?
必ず桜から口付けを。じゃぞ。
楽しい約束じゃ。いつまでも待って居るぞ』
もう一度桜を引き寄せると、可楽は桜に口付ける。舌で唇を割って深くまで。いつまで経っても慣れない桜は愛らしい。必死に呼吸を止めて苦しくなって、耐えきれずに溢れる吐息にますます意地悪をしてしまいたくなる。
唇を離すと、桜が大きく酸素を取り入れ始めるが、それをよそに可楽の唇は触れる距離のまま耳の方へゆっくり進み、首を伝って降りて行く。
首の根元でピタリと止まると可楽の息がかかり、桜の体は小さく震えた。
『良いと言うたのは桜じゃからな』
首筋にちくりと痛みが走る。それは確かに痛みであるが、不快なものとは思わない。
『…甘い』
きっと愛しい人が血を吸った後に、肌が痒くなるような事があっても、イライラしない事は無いのだろうが許せてしまうのだろうな。なんて事を思う。しかし、可楽は幸いにも蚊ではない為、そんな困ったことにはならないだろう。
ーーーーーー
血を飲んだ後、余韻に浸っているかのように可楽は桜を抱きしめていた。
ゆるく左右へ曲がりながら降りて行く桜の髪の毛をくるくると指に巻きつけては離し、また巻きつけては離しと繰り返している。
『桜が血を飲んで良いと言うならば、儂はもう
人の肉など食いたくはないのぅ。
美味い肉か、まずい肉か、くじ引きのようで楽しくも
あるが、どれも桜の味には敵わんからのぅ』
ーー同じ、、
…って違う。
私のは単なる我が儘で、
可楽さんのは嗜好の話…
『一人で決めてしまってはまた他に白い目で見られる故
話してからでないとダメなのじゃがな。』
「……可楽さんもちゃんと考える人だったのですね…」
『なんじゃその言い草は。
桜まで儂を
考え無しのお気楽者とでも思うて居ったのか?』
「そ、、そういうつもりでは有りませんが…」
何か言葉を繋げようと思うのに、弁解の言葉が出てこない。
『図星じゃろうが、、、
そんな桜にはこうじゃ!!』
体の間を空気が通り、可楽が腕を離したと思った矢先、その腕は腰に回され、抱きしめた状態のまま、可楽は桜の脇をくすぐり始めた。
「ちょ、、可楽、、さんっ!!…やめてっ!んふふ…、
離し、、、離して…」
くすぐったくて、身を捩るのに、可楽の腕は解けずに、笑い声が溢れてしまう。
「も、、もう、、怒り、、、ますよ。ふふっ」
笑いすぎて目尻に涙が溜まった頃に、可楽は桜を解放した。笑い過ぎて疲れてしまった桜はそのままお腹を抱えて床に転がっている。
『笑って居る桜も愛いて仕方ないがの』
そう言いながら可楽は床に転がる桜に覆い被さると顔にかかる髪を端に避け、涙が膨らんだ目尻に唇を落とした。
「っ!!」
『泣いた顔も愛しいものじゃ』
やはり、可楽の癖(へき)は悩ましい。
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