紅(ベニ)
『……いつ見ても哀しい。
桜が小綺麗にして出掛けていくなど、、』
「こ、小綺麗にって、、身だしなみですよ。」
『そんな事せずとも、桜は十分愛らしいじゃろうが』
桜は出かける支度をしていた。
2、3ヶ月に一度、生家でもある画廊へ顔を見せに行っていた。両親の墓は存在しないが、あそこには二人の指輪が並んである。だからそれに手を合わせに行っているのだ。
陽のあるうちに、街中を歩くのだからいつもよりは身だしなみにも気を使う。そしてその支度を側で見ている哀絶。
「そ、それはきっと、贔屓目というやつです。
それに、なんと言いますか、、
えっと、、嗜(たしな)み?、、、そう!
女性の嗜みと言うやつです。」
自信を持って言ったつもりが、反応がない哀絶にだんだんと自信が無くなってしまった。
「何か言ってもらえると助かります…」
『そう言うものなのかと、思って居っただけじゃが…』
「言葉の使い方が違うと思われたかと思いました」
『何にせよ、妬けてしまう事に変わり無い…』
上目使いに妬けてしまうなどと言われてしまえばくすぐったい気がして何と返したら良いか分からなくなってしまう。
それでも、、確かな事はあって、、
「………私が好きなのは、四鬼さん達ですから、、」
『"四鬼さん達"……のぅ……』
哀絶が言わんとしている事は桜は分かっている。
"四鬼さん達"と纏めずに自分の名を呼んで欲しかったのだという事。でも、それが恥ずかしくて桜がそう呼んだ事も哀絶は気付いていた。
お互いがお互いに分かっている。
「…哀絶さんは時々意地悪です」
顔を見ていると、また引き込まれてしまう気がして、桜は哀絶から目を逸らした。
いじけた様にみえた姿が哀絶にはますます愛らしく映る。桜の横顔を見てその唇に目が止まった。
『紅も引くのじゃろ?』
「え?、あ、はい。」
『儂にやらせてくりゃれ』
「……はい?」
疑問を込めた返事のつもりだったのだが、哀絶は桜の向かい側にやってくると、紅筆をとった。
「じっ、、、自分で、、できます」
『儂がやるのは嫌か…?』
「嫌、、というわけでは無いのですけど…
その、、近いじゃ無いですか、、距離が。」
『出先でも儂を忘れずに済むじゃろう?』
哀絶の手が伸びて桜の顎に触れた。
「…最初から忘れる事など出来ません…
両親に皆さんの、、、その、、
哀絶さんと、空喜さんと、積怒さんと、可楽さんと
毎日幸せに過ごしてますよって、、そう伝えに
行っているのですから」
無言ながら、哀絶の顔に驚きの色が広がった。
直ぐにその顔は穏やかなモノへと変わると、桜の体を抱き寄せる。
『じゃったら余計に愛らしくしてやらねばのぅ』
唇を染める筆の感覚と、口付けられる時とはまた違った距離の近さに、心臓が大きな音を立て、哀絶にも聞こえているのではないかと益々恥ずかしさに頬が熱い。
『愛らしくて仕方ないが、頬を染めて居っては
頬紅加減が分からぬよ』
「そんなことを言われましても…」
『ならばいっそ、、儂の事を考え続けておれば
頬紅など差さずとも良いのぅ…』
首元の痣を指でなぞって唇を寄せる。ちゅっと音を立て、『仕上げじゃ』と呟くと、茹蛸のように顔を真っ赤にしてしまう。
少々からかい過ぎたと思わない事も無いのだが、こうして自分で一杯になる桜に一層思いが溢れる。
優しく包み込む様に抱きしめて、肩に頭を乗せた。
『愛しく思うて居るぞ』
哀絶は思い出していた。
初めて会った日のことを。
別れ際、血で桜の唇に紅を引いた。
あの時、桜はまだ子どもで、血の赤も強過ぎて不釣り合いな感じが強かった。しかし今、目の前にいる紅を引いた桜は"不釣り合い"でもなければ"愛らしい"でも無い。
その姿は美しい。
いつだって桜の初めては自分だと思っている。
言葉を交わしたのも、桜の唇に触れたのも。
そして今それは増えて、その唇に紅を引いたのも。
また一つ満たされる様に、哀絶は心が温かくなる。
『気をつけて行ってくるのじゃぞ。桜。』
ーーーーーー
ベンッ、ベンッ…
琵琶の音を聞いたと思った瞬間に、半天狗の本体である主の見ていた景色は一変していた。
ーー怖ろしい…、無惨様がお呼びじゃ、、
…数が足りぬ、、上弦が欠けた、、
不吉…
不吉…
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