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※今回より名前変換が可能です。※
※変換無しでは"ひいろ"になります※
ーー左手、、、
実弥は下弦の鬼の異変に気づく。
「テメェは下弦でも大した鬼じゃねェな」
『何を言ってるの?負け惜しみかい?
現にこうやって動けなくなってるくせに』
「俺の血はなァ。強えェ鬼程よく効くんだ。
大した効果がねェって事はそういう事だろがァァ!!」
下弦の鬼が実弥の首にあてがっていた左手の爪は、離れ拳を握っていた。どういうわけか本人のはずの下弦の鬼はそれに気付いてはいない。実弥は鬼が掴む右手を逆に掴み返すと、鬼の体を背負い床へと叩きつける。
「匡近ぁ!!今だっ!
頸を落とせェェェ!!」
塵旋風・削ぎ
床を抉る風は、床板を巻き上げながら鬼の頸を共に抉り取っていった。
『嫌だ、終わらないんだ、、
僕の物語は、、ま、だ、、』
一冊の本から火の手が上がる。その火はその本だけを灰にして消えていった。
「……終わったの、、か?」
「みてェだな。」
「実弥!腕出せ!あの血の量、結構深く斬りつけただろ!!」
早くしろと急かす匡近の手を実弥は振り払い、視線で鬼の子を指す。
「俺はいい。ここの後片付けは引き受ける。
だから匡近はアイツを何とかしやがれ」
鬼に囚われていた子供達を後処理班の隠に引き継がなければいけない。しかし、隠が来れば鬼の子の存在は知られてしまう。
自分たちと共闘したとしても、鬼は鬼。柱でも無い自分たちには他を説得させられる程の言葉の重みは無いのである。
だから、ここから鬼の子を離せ。
実弥も鬼の子をどうするべきなのか今この時点では結論が出せないのである。
「ただし、血は飲ませるな。
お前がアイツを鬼にするんじゃねェ
分かったか。」
匡近は実弥に小さく頷くと礼の言葉とそして「頼む」と口にして鬼の子の方へ走って行った。
ーーーーーー
鬼の子が、目を覚ますと肩の刺し傷は手当てされ、ひっそり住み続けてきた家の布団に寝かされていた。
血を流しすぎだ体は重く頭もなかなか働かない。
匡近は?
さねは?
子供達は?
守る事が出来たのだろうか?
ぼーっとする頭で色々なことを思案する中、外へと続く戸がそろそろと開いた。「起きたね」と微笑む匡近の顔に何だか恥ずかしくなって掛け布団を引き上げる。
「匡近、、怪我ないですか、、?」
「うん。俺は大丈夫だよ」
布団の傍に腰を下ろした匡近は、鬼の子の頭を撫でる。その後、額で手を止めると、鬼の子の目が細くなり、小さな声で「冷たくて気持ちいい」と口にした。
「熱が出てるんだ。無理させてごめん。
でも、君が居なかったら下弦の鬼を斬れなかったと思う
だから、ありがとう。」
「役に立てたのならそれだけで十分ですよ。
……さねは?」
「後処理班に引き継ぎしてるよ。
子供達が多いから時間がかかってるんじゃないかな」
「さねに向かない仕事じゃないですか」
鬼の子は小さく笑い声をたてた。
「そんなことないぞ。
実弥はああ見えて、本当に優しいやつなんだ」
匡近の顔を見て、鬼の子は布団を僅かに握り締めた。
「終わったんですよね?
もう、この辺りは夜に怯えなくて良いんですよね?」
匡近はそうだよと微笑む。
ずっと終わりの見えない戦いをしていた彼女に頑張ったねと。
「約束覚えてる?
君の名前教えてってやつ?」
何の気無しに、聞いたつもりだったのに、次第に鬼の子の表情に影がさしていった。
「…………覚えてないんです」
「え?」
朝焼けに背を向けて、宵闇を眺め、星の下を歩き、鬼と対峙し、時には悲鳴をあげられ、石を投げられ、それでもまた人と鬼の間に立ち、傷つき、無力に涙を流し、一人膝を抱えてまた夜を待つ。
幾度それを繰り返した事だろう。
何日?何ヶ月?何年?、、何十年?
一人きりだから、名前なんて必要なかった。自分かそれ以外。人か鬼かそれで十分だった。いつしか人の頃に呼ばれていた筈の名前は鬼の子を現すものではなくなっていた。そして必要が無くなってしまえば、どこかへと消え去ってしまったのだ。
「私には、、名前はありません。
必要も無いんですよ。
だって、匡近も、居なくなってしまうでしょう?
私はこれからも一人だから。」
逸らされた鬼の子の目が匡近の目と合うことは無かった。
ーーーーーー
「そんなとこで何やってんだァァ?」
隠に引き継ぎを済ませた実弥がやって来たが、鬼の子と一緒にいると思った兄弟子は一人空を眺めていた。
日が登り鬼の子は外には出られない。
隠への引き継ぎを引き受けてくれた事に改めて礼を言うと実弥は気にしていない様子で「アイツは?」と口にした。
「中で寝てる。熱が出たんだ。
なぁ?名前を忘れるくらい1人で居るって、信じられるか?耐えられるか?」
「俺らと、鬼とじゃ、時間の流れも違うだろ。
理解できない事だったあり得る。
そもそも、俺は、理解しようと思った事はねェ」
鬼は斬るもの。それ以外の感情なんて沸いた事は無かった。
数時間前までは。
「実弥はどう思う?」
「信じられねェが、俺らと一緒に戦ったって事実はある。アイツは俺が捕まった時、奪われた左手の主導権を取り返して、下弦の鬼の動きを封じた。だから俺は鬼を投げ伏せる事ができた。どこかの空間と繋がってた大量の本を消した事だってそうだ。
残念ながら今回は、アイツが居なきゃ頸を斬れたかは分からねェ。
だけど、、
……犬、猫じゃねェんだ。
情が湧いたから手を差し出す。んな事して、
アイツは本当にこれからも人を喰わずに生きていけるのか?
そもそも、死ぬ事が出来ない。それは幸せな事なのか?」
傷の舐め合いみたいな生き方の何処に救いがあるってんだ。鬼にしても、匡近にしても。
最後の言葉だけは流石に口には出来なかった。
しかし、そもそもこの任務を受けたのは匡近であり、選択権は匡近にある。
ーー鬼を見極めよ。とは優しい匡近には酷な話だァ
でも、実弥には匡近は既に何かを決めている様に写っていた。彼は意外と頑固な性格でもあるからきっと心は、出会った時既に固まっていたのだろう。
匡近から彼が見ていた空へと視線を向けると、深い蒼(あお)が広がっていた。
ーーーーーー
雫が頬を濡らす。
ーー雨でも降ってきたのか?
いつの間にか外だと言うのに眠りに落ちていたらしい。ゆっくり目を開けると、緋色の目が涙を溢しながら、自分の顔を覗き込んでいた。
「………どうして泣いてるの?」
「……目が覚めたら、匡近が居なくて、、もう、会えないと思った、、
どうせ私は一人だなんで言ったから、、
呆れて、もう、、」
体を起こした匡近は涙を流す鬼の子を抱きしめた。どうして抱きしめたのかは分からない。でも、それが一番良い気がしたのだ。
「大丈夫。ここにいるよ。
悲しい顔をしていたら、幸せは逃げてしまうんだぞ。
だから、笑うんだ。」
ね?と今度は匡近が顔を覗き込む。
彼女は涙で潤んだ目のまま「はい」と笑った。
その顔は眉が下がって、笑いと言うよりは苦笑に近かったかもしれない。
「ヨシ。決めた。
君はこれからはひいろ。」
「……… ひいろ?」
「うん。
名前覚えてないって言ったでしょ?
だから、俺が呼びたいように君の事を呼ぶ」
今度は忘れてしまわないように何度だって君をひいろと呼ぶよ。
「だからここを離れて一緒にいこう?」
体を離して差し出す右手。
そう。
これが俺が鬼の子と出会い、共に戦い、彼女をひいろと呼ぶまでの物語。
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