これは藤屋敷に訪れた老人のさらに爺さんが若かりし頃。一人で訪問診療を任せられるようになった頃の話。言葉のまま昔昔のお話である。

ある小さな家には、病弱な弟を甲斐甲斐しく世話をする姉がいた。求婚の話もあるような器量良しだったが、親が薬代を稼ぐ為遠くまで行商に出ていたので、弟の世話を理由に全てを断り弟と2人ささやかに暮らしていた。

ある日の夜、弟の容態は突然悪化した。
姉はできる限りの介抱をして、医者を呼ぶ為に家を飛び出した。しかし、ちょうどその夜は急患が続き、診療に当たっている医者親子はそれぞれ病院へ運ばれる患者と、訪問診療へとあたっており、病院には弟の元にすぐに駆けつけられる医者を手配できる状態では無かった。
姉は若医者が訪問に出た先が藤の家紋を掲げる家だと聞くと「行ってみます!」と暗い夜道へ再び駆けて行った。

訪問診療を終えた若医者は姉が駆け込んだ事を聞き、再び急いで外へと駆け出した。
両親と離れ姉弟で暮らす2人のことは知っており、気がかりの一つでもあったのだ。
しかし、若医者が弟の元へたどり着いた時にはもう苦しみを緩和してやる処置しかできる状態ではなかった。
若医者と行き違ってしまった姉は家に帰っていなかった。時計を眺めながら、まだどこかで自分を探して回っているのだろうか、、このままでは、あんなに大切にしていた弟の最期にすら会えなくなってしまう。早く!早く家に戻るんだ!!と帰らぬ姉へ心の中で叫び続けていた。


しかし、無常にも命の燈(ともしび)は燃え尽きる
姉が最期に弟と会う事はできなかった。

そして、そのまま姉の行方は知れず、戻る事なく丸一日が過ぎてしまった。
若医者は帰らぬ姉と両親に代わって、弟の通夜の夜を過ごしていた。誰かが訪ねてくる訳では無いが、医者の仕事は父に任せ家族に看取られる事ができなかった少年の線香を絶やさない事を決めた。
しかしあんなに弟想いの姉は一体どうしてしまったのだろうか。まさか、鬼に殺されてしまったのでは無いだろうか、、。昨夜藤屋敷には傷を負った鬼殺隊士が居た。同じ様に姉も、、、。


ありえない話ではない。


医者とて全ての命を救える訳ではない。それでも、必死に生きていた姉弟を知っているからこそ己の手から零れ落ちたその命の重みが増す。
若医者は掌を眺め、小さく息をついた。


ーーーーーー

夜、線香を絶やしてはいけないと思いながらも若医者はうとうとしてしまった。そして、持参していた医学書を落とした音に驚き飛び上がる
。そして、その音に驚いたのは若医者だけではなかった。弟の眠る部屋からも物音がしたのだ。

若医者は姉が戻ったのだと思い、弟が亡くなったとはいえ、姉が無事に帰って来た事を喜ぶ気持ちで襖を開けると、横たわる弟の傍に見覚えのある着物を纏った背中が座り込んでいた。
「……戻られたんですね。貴女まで居なくなって仕舞えばご両親がどれだけ悲しまれたことか、、」
若医者は新しい線香を立てると、なんの躊躇いもなく隣へと腰を下ろした。

涙を流しているのだろう、震えている。
無理もない。あんなに大切にしていた弟なのだ。

若医者は悲しみに震える姉を直視する気持ちにはなれず、布団に寝かされた弟へと目を向けた。

そして気づく。

弟の右腕の肘から先がなくなっていた。


「………え?」

まさかと思いながら隣へ目を向けると、そこにいた姉の口元が赤く染まっていた。
藤の家紋の家へと訪問診療をしている若医者は鬼殺隊の存在も鬼の存在も知っている。しかし、信じたくはなかった。それでも目の前に広がる現実。

恐怖で若医者は体が震えた。

どれくらいの時間か定かでは無いが、鬼の子も若医者も動く事なく固まっていた。
線香の灰が伸び、塊となって落ちた微かなはずの音が耳に届き若医者の時間は動き出す。

しかし目の前の鬼の子は涙を流すばかりで、それ以上弟の体を傷つける様子はない。してはいけない事をしてしまった事に気づいたのか、若医者以上に震えていた。
若医者は恐る恐る口を開く。

「君はこの子のお姉さんだよね?」
鬼は大きく頷いた。
「この子を食べてしまうつもりかい?」
今度は首を振る。
「まだ人を食べたいと思うかい?」
……首を振った。
鬼が嘘をつく事はない訳ではない。むしろそういうことの方が多いだろう。それでも、この姉弟を見てきたからこそ若医者は鬼に変わってしまったとはいえ、姉を信じたかった。


「じゃあ約束しよう。
 君はこれからも人を食べてはいけない。
 私は今日見た事は他言しない。
 弟君は私が責任持って埋葬する。
 両親は悲しむだろうが、君の事も何とか納得してもらう。勿論鬼になったとは言わないさ。

 君がこの行いを悔いているならば、これからは人を弟だと思って助け続けなさい。
 許される日が来るまで、君が鬼から人を守り続けなさい」

「許される時なんて来るのですか?」

「その時が来たらきっと君にも分かるよ」

太陽の光を浴びると死んでしまう事、それで死んでもあの世で弟には会えないと若医者は口にした。
口元に付く血を拭き取ってやり、山の中に隠れ住める場所を教える。医者の仕事というのは土地につよく、なんだかんだと顔も効く。

「定期的に血液は送り届けてあげよう」

生きる為には必要だからと。
 




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