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匡近は老人の話が終わる前に立ち上がり藤屋敷を出て行った。
それでも、老人は構う事なく話を続ける。
「うちは代々の医者ですから、輸血用の血が必要と言えば、血液の融通はなんとかなります。今日来ていない私の息子は、爺さんの意思に協力してくれていました。
ですが、、息子は子供を授からず養子をとることになったんです。
もう、秘密を繋ぐことはできないんです。
養子(あの子)は家族を鬼によって失くされ、鬼殺隊には命を救われたことで医者を志した青年です。刀を取る勇気は無く、それでも鬼殺隊の力になる事を望んで勉学に励み医者となって、鬼殺隊の診療を請け負っている事も知った上で、我が家の養子となる事を望んだ青年です。
彼のこれまでを思えば、鬼を匿っていることなど言える筈がありません」
老人も苦渋の選択を迫られている事も分かっている。それでも、実弥は口にせずにはいられなかった。
「自分たちの手に負えなくなったからって、優しい言葉をかけたふりして、程(てい)よくお払い箱にしてんじゃねェよ
この辺りの鬼が居なくなったら、死ねってか??
あんたの爺さんがアイツに"許されるその日まで"なんて呪いの言葉を残さなければ。、、わざわざ血まで与えて生かし続けたりしなければ、孤独に生きる事はなかったんじゃねぇのか?」
老人は下を向いてその言葉を噛み締めた。老人も分かっては居る。でも、己の命が尽き、息子も動けなくなった時、彼女に手を差し伸べる事を受け継ぐ者がいない。そして彼女が飢餓状態となった時、人を襲わない確証がない。命を救う仕事の医者がそれを分かっていながらそのままには出来ない。
なんと罵られようが、それは受け入れる。そうずっと覚悟を重ねてきた。
「それでも、言わなければいけなかったのです。
あなた方と一緒に子供を喰う鬼と戦い、
多くの子供たちの命を救った。
それを聞いて益々思ったんです。
あの子はもう、自分の幸せを探して良いはずだと。
でも、それを手助けしてやる事はできない。
鬼狩り様に頼るしか私らには思いつかなかったのです」
ーーーーーー
老人は青年に背負われて藤屋敷から帰っていった。
帰り際、ひいろが人であった時の名前を告げようとした老人の言葉を実弥は遮った。
もう、その名前は必要がない。縛り付けていたその名は忘れ、匡近によって前を向く為の名前を彼女は与えられたのだ。だから実弥も聞かない事を選んだ。
藤屋敷を飛び出して行った匡近。
残された実弥は一人寝転び天井を見上げていた。
匡近が鬼の子を連れて行きたいと思っていただろう事を実弥は気付いている。しかし、鬼殺隊の自分が鬼に手を差し伸べる事など勧めることなどできやしない。
そして、ひいろを見るたび思うのだ
どうしても認めるわけにはいかないと。
ひいろを認めてしまえば何故と思ってしまう。
何故母は、鬼の呪縛に打ち勝つ事が出来なかったのか、、
何故自分の子ども達を手にかける鬼に堕ちてしまったのかと。
そして何故自分は母を助けてやる事が出来なかったのかと。
母は決して弱い人では無かった。
父の暴力から幼い俺たちを守る強い人だったのに。
俺が守ってやる筈だったのに。
ひいろが悪い訳ではない。
それでも、ひいろに出来て、何故母はできなかったのかと割り切れない気持ちだけが実弥の中に残るのだった。
ーーーーーー
こんなに足は遅かったのか。
鍛錬が足りないな。
だから実弥に階級も追いつかれてしまうんだ。
別に実弥の成長を妬んだことは無い。
むしろこうして肩を並べて任務に励む事ができて喜ばしい限りである。
今の問題はそこでは無いのだが。
やはり、ひいろは弟の死を知っていた。それでも弟に許されるまでと口にする理由はなんなのだろう?
どうして自分のために生きる事を拒んでいるのか。
全ての答えはひいろの中にあるのだろう。
一瞬でも早く話を聞きたい。
匡近はひいろの元へ走りつづける。
今日は新月。月の無い夜道は深い闇に沈む。
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