「で?連れて戻る事になったのは分かったけどよ、匡近お前コイツに何したんだァァ?」

実弥が疑問を口にするのも仕方ない。匡近の鎹鴉が直ぐに出立すると伝えてきた。そして、待つ実弥の元へひいろの手を引いて現れた匡近だったのだが、僅かな荷物を包んだ風呂敷を抱えるひいろの顔が真っ赤に染まっていた。

「ん?同じ事を仕返しただけだよ?ね?」
「ね?じゃありませんよ、、、」
「あ"あ"??」
「だからひいろが、
説明を始めようとした匡近の口をひいろがその手で塞いだが、間もなく妙な声を上げて離れていった。
「何で手を舐めるんですか?!!」
「だって口塞ぐから」
笑顔を向ける匡近。どうやら匡近の調子に振り回される者がふえたようだ。


「さ!急いで出発しないと着く前に夜が明けちゃうよ!」

その声に夜の闇の中、3人は走り出す。



ーーーーーー

「実弥。俺は柱になる。」
「突然なんだってんだ。
 どういう風の吹き回しだァ?」

鬼殺隊の訓練を積んでいる二人は、疲労がないわけではないがまだ走る事は可能だった。しかし、ひいろは残念ながらそうは行かなかった。
人ではない分常人よりは体力があった様だが、やはり、鍛えている彼らとは訳が違う。最悪、彼女を背負って匡近は先を急ぐつもりではいるのだが、ひいろ自身がまだ走ると言うため、少しの休憩を取る事にしたのだ。

木の根元に座って息を整えているひいろから少し離れたところで2人の会話は進む。

「ひいろを庇護し続ける為には、それだけの地位と発言力が要るだろ。
 実弥は柱になりたいと思わないのか?」
「俺は別に柱なんて興味ねェ。
 鬼を殲滅出来ればそれでいい」

「殲滅ね……」

「なぁ、あいつにどれだけ血をやった?」
実弥の問いに匡近は一瞬目を丸くする。すぐにふっと笑う
「深刻な顔すんなよ。俺この通りピンピンしてんだろ?
 それに、誰かが言ってたぞ、定期的に血は抜いた方が体に良いって。あ!でも、実弥の稀血に頼って戦う為に体を傷つけるやり方はダメだからな!」
「そう言う事じゃねェだろ」

実弥から小さなため息がでた。ここで誤魔化してはいけないと匡近はなんとなく思う。
「二回。本の中と、出発前とで。
 ひいろが言うには新月の夜は衝動的な物が強くなってしまうらしい。……でもきっと何か方法があるはずなんだ。だってそうだろ?ひいろは人を傷つけない事を選ぶ事が出来るんだから」

実弥には匡近という男が、何故鬼殺隊に入るに至ったのかは知らない。匡近から話す事もなければ、実弥も聞く必要など感じていなかったから。匡近は全ての鬼を殺し尽くすと憎しみをたぎらせているわけでは無く、何故こんな男が鬼狩りなんて事をしているのか立ち止まって考えれば不思議と言えるものだった。そう思わせるのはやはり彼の持つ"優しさ"。それが悪い訳でも、それで弱い訳でも無い。ただ、実弥にはそんな匡近がどこか危うく映る。ふと匡近が血濡れた姿で倒れている姿が思い浮かんでしまった。そんな想像をしてしまった自分に嫌気がして「そんな訳ねぇ」と小さく呟く。
ただ、自分が見てきたのは家族にすら見境の無い非情な鬼の姿。ひいろがそんな鬼に変わってしまうことが無いという保証はどこにも無く、匡近と実弥、どちらが正しいのかなど分かりようも無い。考えても出ない答えはどこまでいけばその答えがみつかるというのだろうか。




「……み、、、、さ、、み、、
 
 実弥!行くぞ」

いつのまにか、匡近とひいろがこちらを向いて呼び掛けていた。「実弥も限界か?」などど笑う匡近に「んな訳ねェだろ」と返して空を見る。


「、、すぐ行く。先行ってくれ、、」
「?、、ああ。分かった」


ーーーーーー


「あの、、重いですよね、、」
「大した事ないさ。鍛錬に丁度いいしね」

結局、ひいろは途中で匡近に背負われることになった。しかし。思っていたより彼女は頑張って進んだし、自分は重いという割には大した重さもない。
そして、すぐ行くと言った実弥がまだ追いついていない事を匡近は気にしていた。

「だいぶ近くなってきたぞ。
 夜明け前には着けそうで良かった」

もう辺りは見知った景色になりつつあった。
その時、匡近の目は進行方向に人影を捉える。
その姿が完全に確認できたころ、彼女は口を開いた。


「粂野さん。どういうことですか?
 鬼を連れて戻るなんて。」


「しのぶちゃん、、、」
「貴方は嫌いじゃ無いけど、私、鬼は嫌い。
 だから、悪く思わないでください。」
現れた彼女、胡蝶しのぶは日輪刀を抜き、匡近に背負われたひいろに向かって刃を突き出してきた。刀と呼ぶには特殊な形をした刃が迫ってくる。この刀には他の隊士の刀より厄介な事がある。それは、毒を用いて戦うと言うこと。力の弱い己が鬼を討つ為に編み出した答えは"頸を斬れずとも毒で討つ"なのだった。疲労もだいぶ蓄積された今、軽い身のこなしのしのぶに出くわすなど匡近は自分を呪いたくもなる。

「隊員同士の斬り合いは御法度だろ」
「分かってますよ。だから、動かないでください。その鬼だけ切りますから」

しのぶの目は本気だった。
こちらの話を聞く気はないと。
鬼に対して憎しみの目を持っているから仕方ないのは理解ができるが、だからといってひいろを斬らせる気は匡近にはなかった。

「匡近、離してください」
背中からひいろが控えめに声を掛ける。
「ダメだ。このままの方が狙いにくい」


「貴方も鬼に家族を殺された筈なのに、
 どうして鬼のかたなんて持つんですか。
 理解できません」
話を進めながらもしのぶの日輪刀は何度もひいろ目掛けて伸びてくる。まさか、しのぶのような動きをする敵と戦ったあとに、本家本元と向き合うことになるとは思わなかったと匡近は内心皮肉を乗せる。
「それは君がこの子を知らないだけだ」
「聞く気も、知る気も、なんなら理解する事もありません。男の人はダメですね。見た目に騙されて油断して、そうして姉さんの仕事を増やすんですから」

「俺は、怪我してないし!」
しのぶはそう言うと思いましたとばかりに盛大なため息をつく。
「だったら貴方じゃなく、不死川さんの怪我が減るよう言ってくださいよ」
「それは俺だって、気にしてんの!!」
僅かにムキになった事で隙が生まれ、しのぶに一気に距離を詰められてしまった。鞘に収めたままの刀で打ち払いひいろに走れと地に下ろす。少し躊躇いながらもひいろは匡近に言われた通りに匡近に背を向ける。

しかし、数歩地を蹴ったところで、急に足元から崩れ落ち、ひいろは地面に倒れ込むこととなった。
 




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