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「解毒剤は効いてるはずよ!
鬼に使った事はないけど、、、」
「しのぶはなんで起きないと思う?」
「それは、、知らないわよ、、」
ひいろが使っている部屋へ続く廊下をカナエとしのぶが並んで歩いていた。
しのぶはひいろを受け入れきれてはいないものの、彼女は例外だと思うように努めている。だから、あの時草履に仕込んであった毒を塗った小刀をひいろに向かって投げた自分の行動はすべきではなかったと認識を改めている。
病室のドアを開けると、夜風が頬を撫でていった。
そこには布団がはね上げられたベッド。そして揺れるカーテンと床を照らす月明かりがあるだけだった。
ーーーーーー
「実弥ー!実弥も任務終えたんだな」
高い木々が並ぶ森の中、任務を終えた匡近は実弥を見つけ駆け寄ると腕を掴み刀傷がないか確認を始めた。実弥もされるがままではなく、匡近が掴む腕を振り解こうとするが、匡近のほわほわした見た目に反してその手はびくともせず、小さく舌打ちをした。
放された手と入れ替わるように、匡近の上機嫌な顔が実弥を向く。
「偉いじゃん!!今日は新しい傷は増えてない!
やっぱり実弥は稀血に頼らなくても十分に戦えるんだ」
腕を組んで頷く姿に、実弥はため息が溢れた。
「なんで匡近が誇らしげなんだァ」
「だってそうだろ!
稀血が有るから倒せてるとかそんな事言う奴らホント頭に来るんだぞ。実弥の努力も知らないで全く!」
「言いたい奴には言わせとけばいい。
それより、早く戻るぞォ」
報告を上げたり、鬼を斬る以外にもやらなければならない事はあるのだ。
「腹も減ったけど、今日あの店休みなんだよなぁ
後藤くんに握り飯でいいから頼もうかなぁ」
緊張感のカケラもない事を言う匡近へ視線を向けると、いつもはニパッと笑うその顔が、自分たちの周りを囲む木々へと向けられていた。
「、、、何か、来る……」
ーー早い…
近づいてくる気配に感覚を集中しつつ、2人は腰に下がる日輪刀へと手を掛けた。
この速度からいくと、間合いに入る。
そう思った途端、その気配が
消えた。
実弥は首を動かし視線を巡らす。
視界の端で匡近が崩れ落ちるのが見えた。
「っ!くそがっ!!」
瞬時に日輪刀を抜き、実弥は向き直りながら刀を握る手を振り上げた。鬼に襲われては一刻を争う。
「待って実弥!!!!」
止まった日輪刀の先では、匡近に少女がしがみついていた。刀に臆する事なくその子は実弥を向き、睨みつけた。
「お前!!紛らわしい現れ方してんじゃねェよ!!」
「さね!なんで匡近怪我してるの!!!」
「………は?、、怪我って、、」
実弥が匡近に視線を向けると、匡近はその視線から目を逸らし宙を泳ぐ。
「オイ、匡近、テメェ。人にはあれこれ言っておいて自分が怪我してるたァいい度胸ダナァ
あ"あ"ぁぁ?」
「……ほ、、ほら、弟弟子が怪我してないのに、俺が怪我してるとか格好悪いじゃん??
……だ、だから、、ね?」
「そういう問題じゃねェ!!」
「そういう問題じゃありません!!」
「は、はっ。仲良しじゃん」
笑って誤魔化そうとしたが、ひいろと視線が交わった途端に貼り付けようとした笑顔は消え去った。握りしめた手が震えている。
「……匡近の血の匂いがして、
私がどれだけ苦しくなったか、、、心配したか、、。
怪我をした事を、笑って流さないでください…」
実弥も見るからに怒った顔をして腕を組んでいた。
「……。うん。ごめんねひいろ。
実弥も。」
実弥のことを心配する自分が居るように、自分のことを心配してくれる人がいると言う事に初めて気付い瞬間だったかもしれない。
じわじわと暖かい気持ちが匡近の心の中に溢れていく。
「ありがとう。二人とも」
微笑んだ匡近にひいろも実弥も今度は文句を言うことができなかった。
その後成り行きで3人は蝶屋敷へと向かうと、門の外ではしのぶが腕を組んで仁王立ちしていた。
3人を見つけ、向かってくるその姿を見た途端に今度はひいろが匡近の背中へと隠れようとした。
「……あの、ひいろ?
あんまり引っ張られると痛いんだけど。」
怪我をしたと知られている以上、痩せ我慢も隠すこともしない。
匡近を挟んでひいろの前に立ちはだかったしのぶは、匡近お構いなしに声を上げた。
「貴女ねぇ!!どうして何も言わずに飛び出していくの!!
そりゃ、起きたら知らない所で、居たくないと思うのは無理ないかも知れないっ!!
でもね!!!
寝ているはずの人が、消えていたら誰だって心配するの!!
覚えておきなさい!!!」
片手は人差し指を立てて、もう片手は腰に当てて捲し立てるしのぶにひいろは予想外過ぎてポカンと口が半開きの状態だった。
「言う事は?!」
「……ご、ごめん、、なさい、、」
「姉さんが中に居るわ。
ちゃんと異常がないか診てもらいなさい。
で、そっちは?!
また、不死川さんですか?」
「あ、違う違う。ごめんね今日は俺。」
長いため息のあとしのぶの「中へどうぞ」の声に匡近とひいろは足をすすめる。
「匡近。俺は怪我してねェし帰る」
「ああ。ちゃんと風呂入って、あったかくして寝るんだぞー」
「うっせぇ!テメェは俺の母親かっ!!」
「産んだ事も乳をやった事もないぞ」
「知ってるわ!!このド天然が!」
去っていく実弥の背中を眺めながら「実弥はすごいな。赤子の頃を覚えてるらしいぞ」なんて、真っ直ぐな眼で言うものだから、どこまで本気で、どこからがふざけてものを言っているのかよくわからない節があり、たとえそういう意味ではないと思っても何も言えないひいろだった。
ーーーーーー
「さて。
粂野君は、ひいろちゃんをどうするつもりかしら?
鬼である以上、所在はハッキリしておかないといけないわ。
別に私はここに預けてもらって良いのよ?」
手当が済み、カナエが優しい口調のまま匡近へ本題とばかりに話し出す。
一方部屋の外では、しのぶの視線にひいろが膝を抱えて縮こまっていた。しのぶに見られているのが分かっているからこそ、ひいろはしのぶの方を見る事ができずその視線はずっと足元を向いている。
「はぁー」
「!!!」
「そんなに怯えなくても、別に取って食ったりしませんよ!
気に入らない事に変わりは無いですけどね」
一瞬だけぱぁっとひいろの表情は明るくなったものの、"気に入らない"の一言で元に戻る。
「粂野さんはともかく、不死川さんと姉さんを味方に付けられちゃ、手を出す気も失せます」
「………あの、、
くめのさん、しなずがわさんって、、、」
・・・・・・・・・。
「は?、、、、」
「あ、いや、なんか夢の中でも、"くめのさん"がとか、"しなずがわさん"とか聞こえてきた気がするんですけど、誰のことだかよく分からなくて、分からないけど、聞く暇も無くて。
………どんどん成り行きみたいに進んでいって、、」
ひいろの言葉を聞くなり、しのぶは匡近とカナエが居る診察室の扉を開け放った。
「姉さん!!この子馬鹿なの?!!
粂野さんと不死川さんが分からずに今まで居たらしいわよ!」
「あらあら。でもしのぶ?
診療中は勝手に開けちゃいけないのよ?」
ひいろの顔は恥ずかしかったのか、顔が赤くなっていた。寝ていたときと違って表情があるというだけで匡近はなんだか心が温かくなってくる。
「ひいろ、おいで?
ちゃんと教えてなくてごめんね。
俺が粂野。粂野匡近。で、実弥が不死川ってわけ」
「、、粂野、、匡近、、」
満足そうに笑い、匡近はひいろからカナエへと視線を向けた。
「俺、詰所出るんで、ひいろ連れて行きます」
「ちょっと、、。ちょっと待ってください!
私は、匡近の居場所を奪ってまで
そばに居るべきじゃない!
だって、私が出会ったのは鬼殺隊として人の為に刀を振る匡近で、私は鬼です。
おかしいのはこの関係の筈です!
私が匡近の今までを台無しにするなんてこと絶対にできません!」
「あの、ひいろ?」
「嫌です!絶対に!!
私は鬼と戦ってる匡近がかっこいいと思ったんです!
そんな匡近が好きなんです!!
だから鬼殺隊辞めるようなこと選ぶのは絶対にダメなんです!!」
「まぁ。」
「ひいろ!違うんだ!!落ち着いて!
俺は鬼殺隊辞めるなんて言ってないし、辞めるつもりはないよ」
鬼殺隊に入る者は、家族を鬼に殺されたなど天涯孤独な身の上のものが多い。そのため、お館様の計らいによって階級が下のうちは詰所に住みながら任務をこなすことができるようになっていた。匡近も親の反対を押し切って家を出たため、ずっと詰所で生活をしていた。
しかし、階級がそれなりに上がった今、政府非公式組織とて家を手配して生活出来るくらい手取りは支給されていた。
だから、詰所を出て生活をするという意味だと匡近はひいろに説明をした。
ーー鬼殺隊、、辞めるんじゃない、、
良かった……。
あれ、、、
"そんな匡近が好きなんです!!"
「……あ。あ、ああぁぁぁあああ!!!」
ひいろは言葉にならない声をあげ、診察室を飛び出した。しかし、廊下に出たところでどちらに進んだら良いのかもう訳がわからない。
右にも左にも進めずその場に蹲った。
ーーああ。石ころになりたい………
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