何度、僅かな希望を持って窓から明るい外へ指を出してみたことか。
何度、目の前で傷が塞がっていくのを見たことか。
何度、鬼になってしまわなければ良かったと思ったことか。
何度、喉の渇きに耐えられずに血を飲んだことか。

何度、なってしまった事は仕方ないと自分に言い聞かせたことか

でも、なにも納得なんてできなくて、

何度、涙を流したことか。

「何で…」

ひいろは匡近の顔が見られなくて、カナエに連れられて休んでいた部屋に案内されると、布団の中に潜り込んで丸くなってしまった。
最初はただ"好き"という気持ちを口にしてしまった事が恥ずかしくて居た堪れなくなってしまった。でも、すぐに恥ずかしさよりも"なんて浅はかな事"を言ってしまったのだろうと苦しくなって…。

ーーなんで心なんて残ってしまったんだろう、、

人々を守ろうと戦った鬼の多くは意志の疎通など出来ないものばかりだった。ただ血肉を求め人を襲うそんな生き物。鬼になった時に心が無くなってしまっていれば何も感じず、何も悩まず、早々に鬼殺隊に見つかって、もうこの世には居なかったことだろう。
今はそれが羨ましくもある。
胸の奥の痛みは消え去ってはくれないのだから…。

ーー鬼が人に想いを寄せるだなんてとんだお笑いぐさ。
  人を喰らう、鬼が、、。
  
「……もう、嫌だ、、」


控えめにドアが開く音がした。
そして続く足音。

ーー匡近じゃない。
足音で判断出来てしまうほど匡近のことを気にしていた事を今更ながら実感して布団を強く握りしめた。

「ひいろちゃん大丈夫?
 すこしは落ち着いたかしら?

 そんな都合良くは行かないわよね。

 でも、ひいろちゃんはなんにも間違ってないわ。
 好きな人ができる事はとても素敵な事よ。
 だって、自分をもっと素敵な人に変えていくきっかけだもの。
 だからこれからどんどん素敵な人になっていくのよ」

「…………私は、、鬼、だもの
 人には、、、なれません、、」



「ひいろちゃんと私にそれほど大きな差はあるのかしら?
 私にはひいろちゃんが恋して悩んで、戸惑ってる女の子にしか見えないんだもの。

 粂野くんは優しい人よ。
 でもね、理由もなく身を切る様なことはしない人。

 じゃないと不死川君に顔向けできなくなるって思っているから」

カナエは兄弟弟子の関係性を思い出してクスクス笑う。

「結局何が言いたいかって事なんだけど、この後粂野君が来るか…
「!!っちょっと待って下さい!!!」
「残念でしたぁ。鬼殺隊の判断は"迅速に"なの。
 だから、待ってあげられないわ。

 でも、絶対大丈夫よ。ね?」

布団をはね上げ身体を起こしカナエの顔を見つめるも、取り付く島もなく彼女は笑って部屋を出て行ってしまった。程なくして彼女が言った通り、匡近が部屋へ現れた。



「今なら身籠った女の人が二人分食べなきゃ!って思う気持ちがわかる気がするよ」
「…なにを、、」
「実際はなかなか食べられないらしいけどね」
意識的に視線を逸らしていたひいろだったが、意味不明な発言に思わず匡近の方を向いてしまった。
その目に映った匡近はやはり想いを寄せるその人。


「でもそうじゃないとひいろが安心して血を飲めない。

 ずっと、我慢してるでしょ。
 顔色も良くないし。」

ひいろから言えるわけないよね。と困った様に笑いながら匡近は、傍の椅子に腰掛ける。

ーー気づかれてた、、

匡近の手は、布団を握り再び下を向いてしまったひいろの手に重なる。
「…俺は、大丈夫だよ?
 変な話、血を飲まれるのだって嫌じゃないし、、。

 もちろん誰でもいいって、、訳じゃないけど、、。

 とにかく。俺は、俺が良いと思う様にしてるだけだから」

視線を逸らして添えた手と反対の手が、頬をカリカリと引っ掻く。

「、、なんていうかさ、、嬉しかったから、、」

「………」
ーーなんのことを言ってるの?


ひいろの手の上から匡近の手が離れていく。
その手を追って視線は少し上を向いた。

「一緒にいてくれないか。」
「なにを言ってるか分かっているんですか?
 やっぱり、私は人ではなくて、鬼で、、
 私のせいで鬼殺隊の人と戦うのを目の当たりにしたら
 匡近が傷つくんじゃないかって、、
 怖くなったりするじゃないですか、、」

言っている事がずっと堂々巡りなのは分かっている。
出会えて嬉しいのは本当なのに、たった一つの理由でそれら全てが悲しい。

ーーこの気持ちはどこへ向ければいい?

疑問が湧いてもそれを匡近に問うべきではない。言いたい気持ちと言ってはいけない気持ちが渦巻いて、から回った言葉の着地点を見つけられず胸元を握り締めた。

ーー私は、、鬼だから、、


苦い思いと対称的に
ふわりと柔らかな感触。
そしてそれはとても

暖かった。



「ひいろ?大丈夫さ。何も心配しなくて。
 俺は、ひいろが人を襲わないって事も、俺との約束も守ってくれるってことも信じてる。
 だから。大丈夫。

 ひいろは俺の事信じてくれる?」

大丈夫の言葉が怖さも不安もなんでもないことのように変えて行く。匡近の穏やかなその声で聞かれるまでもなく、信じたい。そして信じている。
だから、ひいろは匡近の暖かい腕の中でただ頷いた。

「じゃあなにも心配はないね」

匡近は隊服の襟元を緩め、ひいろの頭を撫でながら自らの首元へ導いた。
大丈夫、大丈夫と尚も呟き、そしてベッドの傍らに腰掛けると、抱きしめた身体を引き寄せ腿の上に座らせる。

「まっ!匡近!重いから」
「大丈夫」
血を飲む様に言われている事も察していて、飲む為にはこの方がお互いに楽な姿勢である事も間違いないため、すぐにひいろは大人しくなった。
そして、ひいろは匡近の首に牙を立てる。
少しでも苦痛が無いように。



ーーーーーー

「良かったわ。仲直りできて」
両手を合わせニコリと笑うカナエを見て、手の上で転がしていたのは、本当は彼女なのではなんて思ってしまう。
「さっそくなんだけど、ひいろちゃんにお願いがあるの。
 あなたの血を調べさせてもらえないかしら?
 ご存知の通り鬼殺隊は鬼を斬るのが仕事です。でも中にはしのぶのように斬ることができず、他の戦い方を選ぶ隊士や、刀を持たない隠もいます。
 鬼の血について知ることができればそんな子たちの戦い方にも、自身の守り方にも選択肢が生まれるはず。
 だから、鬼殺隊の柱の一人としてお願いです。
 血を調べさせてください」

「そっ!そんな頭を上げてください!!
 私は、、私の為じゃなく
 少しでもこの世に生かされている理由がある方が

 鬼である自分を肯定して居られます
 だから、私もその方が助かります」

きっと今、匡近は悲しげな顔をしているだろうとひいろは視線を向ける事はしない。
"生かされている"その言い方はいいものではない。それでも、自分の立場を自分自身が見誤る事が無いように、自分の為にあえて口にする。
案の定、ありがとうと口にしたカナエの顔も複雑な物が混ざった微笑みだった。

「それともう一つ。
 ひいろちゃんは鬼になった時の記憶は残っているのかしら?」
何があったとか、誰かに会ったとか、その者はどんな姿、形をしていたとか。その情報は鬼殺隊が喉から手が出るほど欲しい"鬼舞辻無惨"に繋がるもの。

「鬼になった時、、、」


夜道をゆく人影を見つけて縋り付く。
ちゃんと確認もせず、、
《お医者さま!!弟の様子がおかしいんです
 助けて下さい!!!》
《・・・・・・》
本当にあれはお医者様だったのだろうか。
、、今でこそ明白に言える。違ったのだ。

《お願いです!弟が、、
 私、嫌!あの子が死んでしまったらもう、、
 一人では生きていけない!!》
《ふっ》
《、、お医者さま?》
《生きていけない?
 ならば共に生きれば良かろう?》
《、、、え?、、あ、ああ"ぁ"ぁ"》

《食らって仕舞えば、永遠に共に有れるだろう》


   《お前の体の一細胞として》


「ひいろ!!」
「っ!!」
「その様子だと、なにか思い当たる事はあったのね」
いつの間にか汗が額に浮かんで居た。
すごく嫌な感覚だった。そして、それは今でも纏わりついている。
闇が、、居る、、、

ーー寒い。


「大丈夫?」


匡近の手がひいろの肩に触れた。

「…ま、さ、ちか……」
向いた先には心を寄せるその姿。
ただ隣にいるそれだけで、引き込もうとしていた闇は消えていった。
 




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