ひいろは風呂敷包を抱えて夕方の町を歩いていた。外套のおかげで昼間は家の中なら不自由なく、夕方であればちょっとした買い物にも出られる様になった。
とは言っても、基本 人の食べ物は食べられないひいろは後藤のお使い程度の買い物である。

今日のお使いは味噌。
何事もなく買えたことに加え、何故かおまけもしてもらって、気分は上々だった。

「あれ?何だろう?」
何故か進行方向で人が避ける様に道を行く。
すれ違った人から"私は嫌だよ。関わりたくないね"と聞こえてくる。
だったら関心すら向けなきゃいいのになんて思わないでもないのだが、、ひいろは人の不思議な動きの原因を確認すると、手元に残る味噌を買ったお釣りを眺め、近くにあった店に入っていった。


ーーーーーー

「ねぇ君?大丈夫?おーい。」
道端に少年が倒れていた。

「……に、、ちゃ、、」

「?お茶飲めますか?」
「!!!?っ!」

意識を取り戻した少年は、突然現れたひいろに驚き思わず手を振り払った。その手はひいろが持っていた湯呑みをかする
「あっ。」

と、と、と、と、

傾いた湯呑みからはお茶がこぼれつつも、ひいろの手の上を跳ねて、少年もわざと湯呑みを払ったわけではなかったが、手を出すにも出せずハラハラとその光景を見ていた。最終的に湯呑みはひいろの手の中に落ち着いた。ふぅと息をついて顔を合わせた二人は対照的な表情をしていた。
「火傷、、火傷とかしてないですか?!!」
「熱かったですけど、大丈夫みたいです。
 ハハハ。反対に心配させちゃいましたね」

手巾を取り出し湯呑みを拭いて改めてお茶を急須から注ぎ少年に差し出す。少し赤みを帯びた手を見て、少年は「やっぱり」と呟いたが、聞こえないふりをして笑う。

「ああ、これですか?
 あそこのおにぎり屋さんでおにぎりを買って訳を話したら貸してくれたんですよ。
 世の中捨てたもんじゃないですよね。
 はい。このおにぎり食べてくださいね」

「は、はぁ。」

"見たかいあの顔の傷、罪人かなんかかねぇ?"
"あの目つきもなんかおっかねぇよなぁ…"
"声かけた奴もなんだ?真っ暗の外套で、頭巾まで、、"
"なんにしても関わらない方が身のためだ"

ーーまただ。、、俺がなにしたっていうんだ。
  顔に傷があっちゃまともじゃねぇっていうのかよ、、

差し出された笹の上に並ぶおにぎりを見つめていると通り過ぎて行く人の声が聞こえる。少年は自分だけでなく、手を差し出してくれた目の前の人まで、悪く言われていることが悔しい。
しかしながら、声を上げるほどの体力も気力も今はない。ただ強く奥歯を噛み締めた

「困ってる人に手を差し伸べる気がないなら
 人のやる事にケチつけるのはやめて頂きたい。
 関わらないでいただいて十分です」
「ちょっ!アンタ、、」

「これ、大事なお味噌なので、預かってて下さいね」

少年に味噌を預けるとひいろは立ち上がり野次馬へ振り返った。外套の裾がひらりと広がる。

「少年の事情も知らずにものを言うのははっきり言って
 格好悪い!
 人を悪く言ってる自分がどれだけ醜い顔か水に映して見てみればいい!!」
「なんだコイツ!
 ごちゃごちゃとぬかしやがって!」

ひいろより上背のある男が手の関節をバキボキ鳴らしながらイライラを隠す事なく現れた。拳を振り上げひいろに向かって振り下ろす。しかしひいろはそんな男をひらりと交わし、頭巾の下でニコリと微笑んでいた。それを見て男の不機嫌度は増していく。
何度、拳を振り上げ殴りかかっても、その拳は当たる事はなく、だんだんと男の息は上がっていく。それでも一度振り上げた拳は一度でも当たらない限り男としてもプライドが許さず収める事はできない。
「ちくしょークソガキがぁ!!」


「警官だ!!警官が来るぞ!!
 早く逃げろ!」

「なっ!!」
男はどこからか聞こえてきた"警官"の言葉に焦った様子で「覚えてろ」なんて言葉を吐き捨てて走っていってしまった。その後ろ姿を眺めながらひいろは「あらー」と間の抜けた声を出す。

「ま、いっか。」
少年の所に戻ると、彼は明らかに驚いた顔をしていた。
「アンタは一体、何者なんだ……?
 ってか警官が来るって、こんな所でのんびりしてちゃ
「警官は来ませんよ?だってあの声、、」
「ひいろさーん?
 なんでアンタって人は。お使いひとつこなさずいつまで油売ってるんすか!夕方とはいえまだ日は暮れてないんですからね!!嫌っすよ粂野さんに小言言われるの。
 あの人普段温厚な分、怒ると別の意味で怖いんすから」

「行き倒れの人見つけたら手を出しちゃいけないんですか?」
「ダメとは言いませんけど、流石に揉め事は起こしてもらっちゃ困ります。

 で?味噌は?」

「あ、心配はそっちなんですね?
 そちらはこの通り無事です。」
味噌を受け取ると後藤は"遅くならない様に"と一言残すとあっという間に帰っていった。
後藤にひいろの行動を咎めて連れ帰るという考えはない。

「あの人、忙(せわ)しなくてすいません」
「あの、、アンタは俺が怖くないのか?」
「え?なんでですか?」
「顔にこんな傷あるやつ、どう考えてもさけるのが普通だろ」
「そうですか?」
「アンタまで変な奴呼ばわりされて、、俺は、、」

「この外套は、私の大切な人が私のために用意してくれた大切なものですから、誰がなんて言おうと構いやしません」
突然柔らかく微笑むその顔に少年は目を丸くした。しかしその顔はあっという間に表情が変わる。
「で、怖くないかでしたっけ?」
「あ、ああ」

「私の知り合いにも居るんですよ
 顔に傷のある人。
 白鼠色の綺麗な髪なのに、傷も相まって目付き怖いんです。
 でも、優しい人だって知ってますから」

「白鼠色で、顔に傷……」
「はい。正直、君よりあります。」
こんな感じ?とひいろは自分の顔に指で傷の位置を示す。


「その人の居場所!!俺に教えて!!!」
「居場所?」
「……にいちゃんなんだ、、、俺が、、人殺しなんて言ったから、、どこか行っちゃって、、。探しても見つからなくて、、ずっと、、ずっと、、」


少年はとても苦しそうに見えた。目の下は黒く沈んで、きっと長い事まともに眠れていないのだろう。
ーー会えれば彼も辛く無くなるのかな、、

"じゃあ会いに行こう!"と口にしかけてひいろはその言葉を飲み込んだ。
ーーそれは違う。

「ごめん、、なさい、、。

 私からは、、言えません」

「何で!」

ひいろはもう一度ごめんなさいと小さく首を振る。その姿に少年はハッとした。自分の言った事で自分に手を差し出してくれた人が苦し気な顔をしている。
ーー何か理由があるんだ
  言えない理由が…

「元気かだけ、、
 元気で過ごしてるかだけで良いから教えてくれないか、、
 それで、納得するから、、、」

「怪我は多いですけど、
 元気で居ましたよ」

できる限りひいろは笑う。
ひいろは実弥が時々辛そうに自分に目を向けているのに気づいていた。きっと鬼に殺されてしまった身内が居るのだろうと思っていた。きっとそれは間違っては居ない。
更に、弟に"人殺し"と言われていた、、自分を見るたびそれを思い出してしまっていたのだろうか。それでも実弥は刀を向けることはしなかった。ひいろはそんな実弥に感謝している。

実弥にその優しさを返すことは難しい。でも、実弥の弟に少しでもそれを返す事が出来たらいいなと思わずにはいられなかった。
 




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