「しのぶちゃん!!ひいろと実弥は?!!」

明け方になって任務を終えた匡近は蝶屋敷へと駆け込んだ。知らせを受けて脇目も振らずに現地から戻ってきたのだ。

「落ち着いて下さい。
 2人とも今は寝てますよ。

 ただ、、」

しのぶが言葉を濁らせる
「ひいろさんは、、不死川さんの傷とは無関係かとは思いますが、何があったのか分からないうちは連れて帰れないと思って下さい。
 そして、それを知っているであろう不死川さんは命に別状はないものの、数日療養してもらいます。血を流しすぎなんですよ全く。

 どちらにしても、すぐに任務には戻れないと思いますけど、、、」
「しのぶちゃん、それどういう…?」

ほんの少しだけ楽しそうな迷惑そうな複雑な顔を向けてしのぶはとりあえず匡近にも休むよういい、すぐに2人に会わせる事はなかった。


日が登り、何やら騒がしい声で匡近は目を覚ます。珍しく声変わりもまだの様な少年の声がする。

開け放たれた部屋に顔を覗かせると、明らかに機嫌の悪そうなしのぶの背が目に入る。
「だから、それはひいろさんが目覚めないと何ともならないって言ってるじゃないですか!」
「だったらアイツを叩き起こせって言ってんだよ!!」
「しのぶちゃん。ひいろがどうかした、、の?」
匡近の声に振り向くしのぶの向こう、体を起こしベッドに座る少年の姿が目に入る。
しかしこの少年見覚えがありすぎる、、、

「……って!!実弥?!」
「チッ!、、馬鹿近。おまえ今すぐアイツを起こして来い!!」

走り寄ると、そこには出会った頃より更に2、3歳くらい前であろう姿の実弥がいた。
「実弥、、中身変わってないけどずいぶんと可愛くなったなぁ」
「馬鹿近。コロス。」
目を吊り上げ睨みつけるも、見た目のせいで凄味も何もあったもんじゃない。
しのぶがすぐには任務に戻れないだろうと言ったのはこういう事だったのだ。


「不死川さん。先ずは何があったのかその説明が先です。
 ひいろさんが居なかったら、もっと酷い事になってたかもしれないんですからね!」
「こんな状態にされて、何がもっと酷い事だ!
 刀も満足に振れやしねぇ!」
「いい加減にしなさい!!
 たとえ偶然の産物であったとしても、
 それでも貴方は生きているでしょう!」
「なっ!」

人のからだを流れている血液は体重の約8%(1/13)。通常、成人の血液量は平均的には体重1kgにつきおよそ80mLあると言われ、つまり体重50kgの人の場合、4L弱の血液が流れていることになる。
実弥は成人していないとは言え、鍛錬のせいか、血筋なのか体格はしっかりしている。
では、一体どれくらいの血液が失われると命に関わるのか。全血液量の約20%、50kgの人で800mL以上が短時間に失われると出血性ショックとなり、更に30%1200mL以上で生命の危険があると言われている。
ひいろがそれを知っていたかは別として、実弥の姿が少年の姿になっていたのは、血液量の心配から言えば理にかなった対処法だったと言えるもの。全てが全て稀血に頼って血を流した結果ではないと思いながらも、傷口から見て今回は特に命を失いかねない話だったのだ。
しのぶには実弥にそれを理解してもらわなければいけない。

「今すぐ元の姿に戻っても不死川さんは命に関わるんですよ。
 だからまずはその傷を治しなさい。」


ーーーーーー

「しのぶちゃんかっこよかったなぁ。
 実弥にビシッと言い放って。
 実弥にも言い返せない時があるなんて思っても見なかったよ」
「粂野さんは私を憎く思ったりしないんですか?」
2人は今、ひいろが寝ている部屋へと向かっていた。前にも療養に使った、日の届きにくい奥まった部屋。しかもしのぶの話では前に黙って消えたことを踏まえ藤の香が焚かれているらしい。今回は目撃者が多すぎるのだ。

何も考えずに外に飛び出てしまえば、誰もひいろを守れない。藤の香のせいで目覚めが遅くなっているとしても、しのぶにはそう簡単に自由にさせてやる事は出来なかった。

「立場と感情が反してしまう事があるのは分かってるから。
 大丈夫。ひいろもわかってると思うよ」
しのぶが毒を使わなかった事は最近蝶屋敷で手伝いをするようになったアオイが言っていた。

「わたし、すごいと思ったんです。ひいろさんが。
 斬られる可能性だって十分にあったんですよ。隊士がある意味集まる場所ですから。
 それでも、彼女は不死川さんを背負ってやって来た」
ーーもし、私がその立場だったら同じ事が出来ただろうか?

「人の為となると後先考えないところあるみたいで、、。
 でも、そう思ってくれるなら、
 しのぶちゃんとひいろも仲良くなれたら嬉しいな」


「そうなれればと、私も思います、、」


ーーーーーー

また蝶屋敷でひいろの寝顔を眺める事になるなんてと、匡近はため息を零す。

ひいろを斬らずに生かしている事は、本当に彼女にとっていい事なのだろうか?
ひいろは笑って過ごせているだろうか?
たまに寂しそうな顔をしている。
それに気づいていた。
それでも笑いかければ微笑んでくれるから
そんな優しさに甘えていた。
昨夜だって本当は何か言いたくて服を掴んだのではなかったのだろうか…
無意識に助けを求めていたのではないだろうか…

任務にかこつけて向き合わなかっただけじゃないだろうか、、

笑顔でいてほしい。
傷つかないでいてほしい。
幸せと思ってほしい。

でも…

1人にしておいて何を言う?
今更、守り続ける自信がなくなったんじゃないのか?
寂しそうな顔を見て見ぬふりをして、、

そう思う自分も居る。

「俺じゃ、ダメなのかな、、」


「まさちかは、、だめじゃないです、、」


聞こえた声に匡近は驚いた。
ひいろは眠っている思っていたから。
しかし、藤の香の効果で、少し辛そうながらも彼女は微笑んでいた。

「どうしたんですか?
 どこか怪我したんですか?」
「……どうして?」
「だって、匡近が、、

 泣いてるんですもん」

ーー泣いてる?……俺が?

頬に手を当てると、確かに涙で濡れていた。
自覚した途端に不安な気持ちが溢れていく。


「心配かけちゃいましたね。ごめんなさい」
「……し、、心配した。
 俺にはひいろをまもりきれないって、、
 
 鬼化酷くなったって聞いて、、怖くて、、
 
 俺、、間違ってたのかなあって、、
 ひいろに辛い思いさせたって、、

 どうしたら1人の女の子まもれるのかなぁって…」

自分でもわかるくらい涙が出て、どうしたらいいのかわからない。大丈夫、大丈夫とひいろに言いながら、どこかで自身にも言い聞かせていた。鬼殺隊としての階級は上がるのにそれに反するようにひいろと一緒にいられる時間は減っていって、丙になってから実弥と任務後に会う事も減って、、だんだんと独りになっている気すらしてしまう。

いつの間に独りが辛いものになってしまったんだろう。どうしてこんなに生きにくくなってしまったんだろう、、。
どうしてこんなにも苦しいんだろう、、


「名前、、呼んでくれますか?」
「…?ひいろ?」
「はい。
 ……私、匡近と居て、こうして名前を呼んでくれて、笑いあえるただそれだけで、鬼だって事もどうでも良くなるくらい嬉しいなって思うんです。
 確かに、外を並んで歩きたいとか、一緒に出掛けたいとか思わない事はないですよ。
 それでも、匡近出会えたこの奇跡が1番の宝物だと思うんです」

   
「ふわっ!!」
力の入らない身体はいつのまにか匡近の腕に包まれていた。
「たからもの、、か。………宝物かぁ」


大丈夫、大丈夫と、言い聞かせるより、ちゃんと最初から不安も悲しみも口に出していればよかった。独りでは辛くても、2人ならそんな感情も塗り変えられる。
大丈夫の言葉が本当の大丈夫に変わっていく。

「ひいろ。今度一緒に出かけよう。
 並んで歩いて、一緒に同じ物を見よう。」

どこへ行こうか。
でも、きっと一緒ならどこでも特別な場所だろう。

それはほんのささやかな2人の約束。
 




ページ: