「さね、げんきですか?」
「どうしたの?ひいろが実弥の心配なんて珍しい」
「いえ。変わりなかったらそれでいいんです」
「??。元気にしてるよ。
 元気すぎて鬼だけじゃなくて鬼殺隊士まで睨みつけるから困っちゃってさ、、」
任務で実弥と一緒でなくても、実弥に対する苦情は何故か匡近の元に集まってくるのだった。


その日、夕食後もひいろは物思いに耽っている様だった。
「ひいろ?大丈夫?」
匡近は知っている。大丈夫かと聞けばひいろは大丈夫だと答える事を。それでも、いろんなものを溜め込んでしまう性格を知っているから聞かずにはいられない。
「大丈夫ですよ」

ほら。
やっぱり。

でも、
困っていたら話してくれるから。と
匡近は無理に聞き出したりはしない。

なら信じてる。ただそう言って匡近は微笑んだ。


ーーーーーー

「じゃあ、ごめん。なるべく早く帰るつもりだけど
 今日はちょっと夜明けの方が早いかもしれない。
 後藤君も隠の仕事だし、」
「大丈夫です。留守はお任せください。
 そもそも遅い時間に人が来た事はないでしょう?」

そうだねと笑い、匡近はひいろが差し出す刀を受け取る。じゃあ行ってくるねと一歩前に足を出したが、違和感を感じて匡近は振り返った。
「?」
その目に映るのは足を止めた事を不思議に思って首を傾げたひいろの姿。


「ひいろ?」
「はい?」

匡近が向ける視線の先にひいろも目を向けると、そこでは匡近の隊服を掴む自分の手。

「……れ?、、ぅわあぁぁ!!
 ごめんなさい!!!」

ーーなんで?なんで??
  無意識とか恥ずかしすぎる!!

慌てて離した手はどこに落着いたらいいのか分からなくなって体ごと背を向ける事になってしまった。向き直るにも、どんな顔をしたらいいのか……


「ごめんね。一人にさせちゃって」
「違う!匡近は悪くないです」

そんな事言わせてしまったと、焦って振り返ると匡近は両手を広げていた。ニコッと笑うその顔にはどうにも勝てそうにない。

ーーこれは惚れてしまった弱味だな

少しだけ

少しだけ匡近を抱きしめた。


ーーーーーー

鬼のひいろは夜行性である。
夜に匡近を見送っても、洗濯物を畳んでみたり、繕い物をしたり、本を読んでみたり、、
時間の使い方は様々だった。
お使いに出るようになってから、料理にも少しだけ興味が出てきた。しかし人間の食べ物をひいろが受け付ける事はなく、口にできたのは金平糖とお茶など飲み物。それも甘いか甘くないかそんな判断しか出来ない味覚のため、料理を作るという事は残念ながら遠い話になってしまうことだろう。

一人の夜は家の中でも外套を羽織って過ごす。
そうすれば匡近が側に居るような気がするから。
今宵も怪我なく帰ってきますようにと外套を握りしめた。



ガタッ、、

「っ!!、、、?……まさちか?」

突然玄関の方で物音がした。
しかし今日、匡近は夜明け前に帰れるかどうかと言っていたはずだ。
匡近が出掛けてから数時間は経っているものの夜明けなどまだまだ先の話である。

ーーだれ?

ひいろは恐る恐る玄関へ向かった。
そこには柱に寄りかかり座り込む人影。

その白鼠色の髪色は知っている。



「、、さね?」
「悪りぃ。匡近居るかァ……」
「…今日は帰り、、遅いです」
「そうか、、じゃあ、行くわ」

ーーダメだ、、怪我してるんだ、、、

ひいろの手が震える。これ以上近づいてしまえば、稀血に引き寄せられてしまう。


  コッチノ水ハ甘イゾ


寄りかかっていた柱を支えに立ち上がると外へ出て行こうとして実弥の体は前に進む事なく崩れ落ちてしまった。

「さねっ!!」
「……来るなァ。
 、、俺がアンタを、、鬼にするわけには、、、いかねェだろ」


汗が浮かぶ。喉から手が出るほどに、意識を持っていかれそうになるほど実弥の傷口から溢れる紅が鬼のひいろへ手を招く。

「人をっ。人を呼んで来ます!!
 だからっ…」



《姉ちゃん》

記憶の声が頭の中で響いた瞬間、涙が溢れでた。視界が滲んで仕方ない。
ひいろの目には一瞬だが実弥の姿があの日無くした弟の姿にすり替わって見えた。

ーーあの日、弟を置いて家を出たから
  弟は間に合わなくて、、、

「どうしたら、、」

実弥の出血量は多そうで、ひいろにとってはある種の毒である。


《俺、、兄ちゃん見つけ出して、
 必ずあの日のこと謝ります》


それは、実弥の弟がひいろの去り際に口にした言葉。
兄が生きて、元気にしている。それが分かったその顔は希望を見つけて前を向いていた。


ーーさねのこと絶対に助けなきゃ

あの時会わせておけば良かったなんて思う事がないように。実弥が弟と笑いあえる日が来るように。
涙を拭って手拭いを口枷に縛り実弥に駆け寄った。血の匂いに眩暈がする。

「、、今、頸斬れねェからな、、」
止めてやる事は出来ない。

熱い。体の中でふつふつ沸き上がる。
鬼の本能は手を招く。
汗が滝のように流れていた。


ーー人に使った事はない。
  でも出来なきゃ、さねを助けられない。


ひいろは爪で指を切り付けると溢れる血で実弥の頬に模様を描いた

ーー血鬼術!!



ーーーーーー

髪を左右二つに束ねた隊服姿の女子が、しのぶの部屋に駆け込んだ。
「しのぶ様大変です!!中庭で!
 お、鬼が…少年を!!」

ーー屋敷に侵入を許した?
  もしかして、、

「アオイ!すぐに藤の香を準備して!!」

しのぶは日輪刀を掴むと中庭へと走る。


中庭には確かに鬼が居た。その姿にはやはり見覚えがある。その鬼の後ろにはアオイが言ったように少年が倒れていた。
蝶屋敷で療養し、間もなく任務に復帰する隊士たちが刀を手に集まろうとしていたが、鬼は近づこうとする隊士たちを威嚇する。これでは少年にも手が出せそうにない。

ーーあの子の血にあてられた?
  稀血?

「しのぶ様!香炉です」
「みんな手を出さないように中へ移動させて。
 この子は傷つけちゃいけないの……」
「何言ってるんですか?!鬼ですよ」
「本当。私もそう思うわ」

しのぶは香炉を手に舞う。できるだけひいろに近い風上に置くと、日輪刀を抜き構える。
動きを止める程度の優しい毒。これで死ぬ事はない。それでも香で落ち着いてくれれば傷つける必要は無いと思ってしまう。後ろの少年の傷は?悠長にしていられる状態なのだろうか。
残念ながら、しのぶの姿を見てもひいろが落ち着く事はなかった。
ーー姉さんだったら、、

その時、しのぶはひいろが匡近に想いを寄せている事を思い出す。

「ひいろさん!!粂野さんは?!」
半ば願いを込めてその名を口にする。
ーー思った通り
ひいろの動きに躊躇いの影が浮かぶ。しのぶはその隙をつくように"斬れない刀身"をひいろの頸に力一杯振り下ろした。

地面に伏す姿を見て、悪いと思いながらもひいろの隣にしのぶは香炉を置いた。

彼女に守られるように倒れていた少年に目を向けあまりの驚きに目を見開く。
「不死川さん?!!」

気を失い倒れていた少年は

不死川実弥。その人だった。
 




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