「匡近!凄いです!夜なのにこんなに賑わってます」
「走ると転ぶよ。気をつ…
言い切る手前でひいろの体が傾いた。
手を伸ばす匡近だったが、その手は届かずひいろは膝をついた。
「ああ。遅かった…」
匡近は駆け寄るとひいろに手を差し出す。
転んでしまった事が恥ずかしかったらしく、彼女は赤く染めた顔を逸らしていた。

「だっ!大丈夫です。一人でも立てますよ」
「良いから。」
「……はい」
立ち上がったものの、匡近は手を離してくれず、その手を引いて歩き出す。
「あのっ…匡近、、手っ!」
「これで転ばないでしょ?さ、行くよ」


2人は今、家から離れた別の街に居た。
任務で訪れたわけではないので、隊服ではなく着物を纏って並んで歩き、藤の屋敷ではなく宿を取って完全に小旅行といったところだろうか。
どうしてそうなったかのか…
……それは数日前に遡る。

思いがけず"一緒に出かけたい"と言うひいろの本音を聞いた匡近は何処へ行くのが良いか頭の片隅で考え続けていた。
夜しか行動できないひいろが楽しめ、喜んでくれる様なところはないだろうかと。

そんな中、心が躍る話を聞いた。
ーーこれならきっとひいろも喜んでくれる。


「ひいろ!任務がてら出掛けるよ!」
帰ってくるなり匡近の機嫌が良く、にこにこが眩しい。ひいろはつられて頬が緩む。
「あ、泊まりの任務ですね
 隊服の予備があったら良いですよね
 あとは何が必要でしょう?」
顎に人差し指を当て、ブツブツ呟きながら考えを巡らせる


ーーあれ?…思ってた反応と違うよーな、、
「ひいろも一緒に行くんだよ?」
「あ、はい。だから隊服、、ん?……え?」

ガタンッ
「一緒に行っていいんですか?!」
驚きのあまりひいろは食卓に足を掛けつつも匡近に詰め寄る。
「近い、近い、近い、近い」
「はっ!!!」

慌てて顔を赤くして距離を取るそんな姿が可愛らしくて匡近は手を伸ばす。

しかしその手が届かぬうちに別の方向から声がした。

「粂野さん見てて恥ずかしいんすけど」

ーーあ。居たねそう言えば。
  一緒に来たわ。
「ゴッゴッ後藤さん?!!
 いつから居たんですか?!!」
「任務がてら出掛けるよ!からですね」

「そ、そ、それは
 初めからというやつです!!」


ーーーーーー

「とまぁ、俺は任務で先に出るんだけど、事後処理班の後藤君と一緒に移動して、任務後に合流してそのまま目的地を目指す。分かった?」

「え?だって、もし怪我とかあったら…」
「怪我する前提にしないの。
 俺、これでも階級も上がってんだよ?
 ね?丙だよ?」

「そのまま出掛けられそうにない怪我なら俺、引き摺って連れ帰りますから」
「え?後藤君も怪我する前提の話なの?
 つーか、怪我したなら引き摺って帰るのはやめて」

3人は顔を突き合わせて外出する計画を詰めていく。と言っても、後藤はただひいろを任務終わりの匡近に届けるだけなので、それさえ確認できれば後は席を立つ。
相引きの計画に首を突っ込む程、後藤は下衆ではなく、むしろなんだかんだで、人と鬼である2人が微笑ましく過ごしている事を興味深く思っている。

「あの、それで何処に行くんですか?」

「夜に咲く花を見に行くよ」

ーー夜に咲く花?


ーーーーーー

「……これがお祭りですか!」
鬼になってからずっと山に隠れ住んでいたひいろにとっては祭り自体、想像が追いつかなかった。
至る所に出店が並びとても賑わっている。

輪投げや、射的、金魚掬い、そして軽食などを並べる出店のあかりで、まるで昼間の様だとひいろは思っていた。
「夜だから外套は無くてもよかったのに」
「普段身近にありすぎて、最近では、ないと落ち着かないんですよ」
「それだけ使ってくれてるなら、
 あの眼鏡にも少しは感謝しないといけないかな?」
「…眼鏡?」
「今はそれは良いや。
 ひいろ、あっち見に行こう!」

再び手を引かれひいろは歩き始める。
「でも、花のお店はないですね?」
「……花?」
「え?だって、匡近、夜に咲く花を見に行こうって……」

「それは後のお楽しみに」

何を見ても目を輝かせて笑って、そんなひいろの姿が匡近も嬉しくて仕方がない。
「そうだ!アレならひいろも食べれるはず」


パチンパチンと、はさみの音がする出店の前には人だかりができていた。
並ぶ人から拍手や明るい声が上がる。
「見てて。職人さんはすごいんだよ」
匡近の言葉にひいろが視線を向けると、職人の手にある箸の先に何やら丸い塊がついていた。
その塊が職人の手に隠れるたびに形を変えていく。握りはさみの音がして、また形を変えると、丸い塊はあっという間に駆ける兎の姿になっていた。

クイクイと袖を引かれ、匡近がひいろに視線を移すと、頬に赤みを乗せて金魚の様に口をパクパクしている。
きっと言いたい事がありすぎて口が追いつかないのだろう。ひいろの一挙一動が愛らしくて匡近もまたほころんでしまう。

また次の飴細工が作られ始めるとその視線はまた職人へと戻っていった。




ページ: