匡近がひいろと別れた場所まで急いで足を進めていると、彼女がいるはずの場所にも人だかりが出来ていた。人垣を掻き分けた中心に居たのは先程まで笑みを浮かべて飴細工を眺めていたその本人。

「っ!!ひいろ!!」
駆け寄り抱き起こすと、その体は熱を持ち、流れたと思われる涙は血に染まって赤い線を残していた。震えながらも小さく呼吸を繰り返す。
「ひいろ!!どうした?!何があった!!」
「……まさちか、、おねがい、、、
 人の、、いない所に、、」
目を開かないまま、匡近にだけ聞こえるくらいの声量でそう言うと、縋るように
着物を掴む。

震えるその体はいつもより小さく見えて、呼吸は荒く苦しそうで、、


ーー新月でも無いのに、、
  何があった、、


匡近はひいろの体を抱き上げると、手配しておいた宿へと走りだした。



暗がりでも顔が青ざめている事が分かるほどで、いっときとはいえひいろの側を離れてしまった事が悔やまれて仕方がない。

宿の入り口まで来たところで、乾いた咳を繰り返し、終いには口から赤黒い血が溢れ出した。
黒い外套に暗い色が広がる。
ーーこんな状態見た事もない、、
血が引くような思いがして、

それはとても怖かった。

早く横にならせてやりたいのに足が固まってしまった。もう宿は目の前なのに。

「御戻りでし……お客様!??
 どうなさったんてすか?!!!」

女将が表に顔を出し、立ち尽くす匡近に声をかけ異常に気づく。

「と、つぜ、ん、、血を吐いて、、、」
「直ぐにお部屋に!
 医者を呼びますから!」

医者との言葉に匡近は声を上げた
「薬が!!薬が部屋にあるんです…。
 だから、医者は、、呼ばないで下さい。

 ……ほら、せっかくのお祭りですし、騒ぎ立てたら
 あの、、その、、この子も悲しく思います」

勿論薬などあるはずもなかった。それでも、鬼であるひいろを医者に見せるなど出来ることではない。どうにか女将には引いてもらわなくてはいけなかった。

「困ったことがあったら必ず声をかけてください」
そう言うなり、匡近の部屋の布団を敷いたり血を拭う手ぬぐいや手水を用意させたり女将はテキパキと指示を出しあとはすぐに部屋を出て行った。
匡近の意を汲んでくれたのだ。


外套を脱がすと幸いにも吐いた血は外套を汚しただけで下の着物は綺麗なままだった。
そしてそれは、ひいろがいつもとは違う外行きの着物を着ていた事に気づいた瞬間でもあった。

匡近は手拭いで目元、口元をぬぐいながら、きっとそれは後藤が手を回したんだろうなんて思う。
それでも、今宵はひいろも特別な夜だと思ってくれていたのだと思えて、目頭が熱い。
濡らした手拭いを額に乗せ、どうか早く治りますようにと、手拭いの乗った額へいつのまにか唇を落としていた。




布団に横にならせても、尚も荒い呼吸が続いている。蝶屋敷にひいろの状態を知らせるよう百日を向かわせたが、返事を持って戻るには時間がかかるだろう。
額に乗せる手拭いを濡らして再び額に乗せる。手の甲で頬に触れるも体温はまだ下がりそうにない。あの短時間で何が起きたのかさっぱりわからない。
「ごめん……1人にして…」
どうか、もう苦しまないで…と願いながらひいろの頭を撫でていた。

ゆっくりとではあったが、だんだんと呼吸は整い、そしてひいろの目がうっすら開く。


「ひいろ!大じょ、、」
言葉は続かず、僅かな痛みと共に匡近の視界は反転した。

ひいろに組み敷かれていた。

「こんな状況、憧れない訳じゃ無いけどさ。
 正直…なんか違うよね」
匡近の頬に水が落ちる。

それはひいろの涙で、その目からポロポロと雨のように降ってくる。
「まさちか、、、ごめんなさい、、
 わたし、、まさちかのこと、、、


 たべたくてしかたない、、」

聞き間違いかとも匡近は思った。それでも何度頭の中で繰り返してみても、他の言葉に変換する事は不可能だった。
そして何より、澄んだ緋色の目に下弦の陸と記されたその目に否定する事を否定されてしまった。


「……うん。
 でも、それは困る。

 俺はひいろを鬼にしたくない
 だから食べられてあげる事はできない」

ひいろは辛そうに顔を歪めながらも匡近に微笑んだ。

「ごめん、、なさい……

 ………わたしを、、、とめて、、」

鬼の血に抗いながらも、ひいろの牙は匡近の体へ近づいていく、。

ーーどうしたらいい?
  外は祭りで人が多い。
  だからと言ってここで大きな音を立てれば
  宿で働く人が集まってしまう……

  どうしたら……

「実弥もこんな気持ちだったのかもしれないな」
不思議と頬が緩む。しかし直ぐに唇を結び直し、覆い被さるひいろを退かせる為、拳を振り上げた。拳はひいろの掌に受け止められたが、それでも体格差でひいろの体は後ろへよろめいた。その隙に跳ね起き日輪刀を掴む。
そのまま迷い無く抜いた刀身は腕の上を滑っていった。

「……まさ、ちか、、なんて事を、、」
「ほら。これで追ってこれるだろ?
 光の花を見に行こう」


《血の味を知っている奴を1番に
 食いたくなるからな》
 

腕から血が線を描くのも構わず、匡近は窓から外へと飛び出して行った。
屋根から屋根へと少しでも高い方へ。
ひいろが追いかけてくるのを確認しながら進み続ける。

ーーここが限界か、、

ひいろの目からは涙が溢れていた。視界は歪んでいるのに、手足は匡近の血の匂いを追って動き続ける。それはもう自分の手足と言える感覚ではなかった。
こんな事なら思考すら奪い取ってくれたら良かったのに、、でもそれもきっとあの鬼が楽しんでやった事なのだろう。弄ばれている事がひいろには悔しくて仕方がない。
屋根を蹴って跳び、次の屋根が近づく。
僅かで足がつく、そう思った瞬間、目の前に現れた匡近は両手を広げてひいろを待ち構えていた。
「!?!」
あとは着地という段階で勢いを殺す術もなく、そのまま匡近に向かって行ったひいろの体を彼は抱き締め、共に屋根の上を転がった。

ひいろの思いとは裏腹に体は匡近を拒絶するかの様に手足がバタバタと動き続ける。


「ひいろ、大丈夫だよ。
 肉はあげられないけど、血は飲んで大丈夫だから

 ちゃんと守れるように強くなるから……

 ひいろ、、



 、、大好きだ。」

ひいろの暴れる力がだんだんと抜けていく。

とく、とく、とく、とく……
匡近の心音が駆け足ながら優しく響く。
大好きな、匡近の音。生きている音。

ひいろは匡近の手を取り頬に導いた。
重ねた手は
ーーあったかい。


ブチっ……

「……ひいろ、、?」

ーーあれ?私、、
  紅い?、、、なんで?


咄嗟に匡近の体を突き飛ばした。

匡近の左手の親指の付け根辺りから血が流れている。
そして口に広がる柔らかかな感触と紅の味。


美味しい、甘い、もっと、もっと、、
ーー嫌。ダメ。絶対に。傷つけちゃ、、

もっと、、
ーーやめて

もっと、、、
ーー止まって、、



空に明るい花が咲く。


ーー食べたい。

「いやぁぁあああーーー!!!」
 ドーーン!!


ひいろの叫び声を掻き消すように空には何かが爆発するような音が響いた。
視線を向けると、夜空に次々と光の花が咲いては散って、また花開く。


「綺麗だろ?夜にも花は咲くんだ
 花火は昼間には見られない
 特別な花」
「、、匡近、、血が、、」

「大した事ないさ。飼い猫に噛まれたってそんなもんだよ」

匡近は持っていた手拭いで傷口を締め上げると再びひいろを抱き寄せ視線を空へ向ける
「ほら、それより花火を見よう。
 これをどうしても見せたかったんだ」

視界はなおも涙で歪んでほとんどまともに見ることは出来なかったが、でも、確かにひいろにも空に咲く光の花が見えていた。
 




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