いつのまにか季節は巡った。
ひたすら鍛錬を積んで、任務をこなして匡近の階級は甲になっていた。
階級が乙になった後、柱が同行すればひいろに会えるという話もあったが、行きたい気持ちをグッと抑えて任務に向かった。
全ては一日でも早くまたひいろと一緒に居られるようにするため。柱になればそれが叶うと信じている。後藤君には本や手紙を託してひいろの様子を見に行ってもらっていた。

ひいろも鬼の血を制御できるようにと詳しくは教えてもらえなかったけれど、カナエさんの協力の元、色々な事を試したらしい。最終的に寝ているのが一番効果があるかもなんて、冗談なのか本気なのかわからない事が手紙に書いてあったけど、ひいろが言うならそうなんだろうななんて笑って読んだ。

ーー"会いたい"って書いてくれたら
  何を捨て置いても駆けつけるのに。

そう。ひいろから届く手紙には一度も会いたいとは書かれていなかった。少しだけもう俺はいらないのかななんて不安になる事もあるけれど、そうではないと思いたいし、思っている。
ひいろの食事(血液)の問題は、毎日ではないけれど、蝶屋敷に行って採血を受け、ひいろへと運ばれていた。毎日採血する訳にはいかず、食事が少なくなってはいるらしいが未だに交わした約束を守って俺の血以外は受け付けないのだという。

それを聞いたら、無駄に怪我をすることなんて出来やしない。

今日は久しぶりに実弥と打ち込み稽古をしていた。実弥の階級も上がって一つ下の乙。実弥は剣士に向いているのに加え、人が見ていない所で努力を続けている。正直実弥の階級が甲になるのも時間の問題だろう。

「一打一打が重いんだけどっ!」
「ぁたりめぇだろーが!!
 じゃなきゃやってる意味がねぇ!」
動きが柔らかく、そんな体勢から打ち込みするかぁと、言いたくなるような攻撃が飛んでくる。
一歩踏み込み木刀を振り下ろした。
「単純」
「うわぁっ!!
 ……いててて、、足をかけるとかそれはどうなの!!」
「鬼相手にも、んな事言うつもりかよ」
「うっ、、それは、、でも!」
「勝ちは勝ちだ。約束通り昼飯は匡近の奢りだ」
「はぁーー。
 良いさ!良いさ!俺は実弥の兄弟子だからなっ!
 昼飯くらい弟弟子に食わしてやる!」
「またそうやって兄貴面かよ」


「あー粂野さん。ここでしたか。
 ひいろさん、蝶屋敷預かりになりました」
そう告げたのは隠の後藤。

ーーえ?…蝶屋敷?

今までひいろが蝶屋敷に滞在した時といえば、しのぶの毒を受けた時と、使い慣れない血鬼術を使い、更に実弥の血にあてられて意識を失った時。匡近は、サーっと血が引いていくような感覚を覚えた。

「何があったの?!!
 今度はどんな無理をしたのっ!

 実弥ごめんっ!昼飯は今度奢るっ」
「あっ!粂野さん!」

匡近は後藤の言葉を待たずに道場を飛び出して行ってしまった。
残された実弥は知らせを持ってきた後藤を見たが、そういう意味じゃないんすけどと呟く声を聞いて内心ホッとしていた。


ーーーーーー

ひいろはずっと眠くて仕方がなかった。
ここ数日、鬼の血を抑える目的で作られた薬を服用していたからだろうか。食事が足りていないからだろうか。兎に角、今も本を開いたものの字が追えずに宙を見上げている。
ーー匡近は元気だろうか?
  怪我などしていないだろうか?
いつだって匡近のことを忘れてはいない。でも"会いたい"だけはずっと我慢している。

「…まさちか、、」

小さく口から溢れた愛しい名前。
自分の体をぎゅっと抱きしめる。
ーーああ。名前を呼んで欲しい、、
  大好きなその声で。

瞼がだんだんと下がってくる。
もう抗えそうにない。

「会いたいな……。夢でいいから…」

ひいろは本を開いたまま夢の中へ旅に出た。


ーーーーーー

ーー目が開けられない
  こう言う感覚なんて言うんだっけ?

すると突然目を押さえつけていたような感覚が和らいだ。ホッとして、でもまた直ぐに先ほどの感覚に襲われるのではないかと怖々ゆっくりと目を開けていく。

ーーあ、なんとか大丈夫そう。

ベロリ。

ーー!!!は??

背筋がぶるりと震えた。顔中しっとりと濡れて独特な匂いに包まれる。正直なところ気持ちが悪い。
慌てて目を開けると自分の前には信じられないくらいデカい生き物がいた。日の光を背に逆光であるため、真っ黒い壁にすら見える。意味もわからず足が震えた。

ーー逃げなきゃ…
もつれる足を叱咤して必死で駆け出した。それでも後ろから気配も足音も追いかけてきて、怖くて仕方がない。あんな大きな生き物……異形の鬼と言うやつだろうか?

《その地位を欲する鬼は数多。》

ーー本当に余計な事を!!
幽閉とはいえ鬼殺隊に守られていたから、いままでこんな苦労をせずに居られたと言うのだろうか?

では、今ここは一体どこなのか?

ーーああ、もうダメ追いつかれる
  こんなに体力無かったっけ……

「何を追いかけてると思ったら。
 ほら、握り飯やるからそいつは勘弁してやれぇ」

ひいろは地面に倒れ込んだ。
喉がカラカラでどうしようもない。

「おい。大丈夫か?」

ぼんやりと映る瞳には青空と白鼠色が揺れていた。



ーーーーーー

「おう。握り飯は美味かったか。
 でもな、仲良くなりたかったら追い回すんじゃなく、
 あいつの事も考えてやらねぇとダメだからな」

ーーこの声、、さね?

ゆっくり目を開けると、実弥が大きな毛むくじゃらと戯れていた。しかし、何かがおかしい。
見るもの全てに違和感を感じる。

体を起こし、周りを見て愕然とした。

今は昼間で日の光で満ち溢れていたのだ。

全てのものがまるで光を放っているかのようにキラキラしている。その光景に言葉を無くして固まってしまった。
頭の中で日の光に焼かれていった鬼の姿が思い出された。体がぶるっと震える、、一瞬後には自分もああなってしまうのだ。

ーーだって、私は鬼だから。


しかし、その一瞬後はなかなか訪れない。
日の光は温かくも、全く痛みは感じなかった。
ついに意味もわからない。

ーー私はどうしてしまったんだろう?


「お、起きたな。」

ーーやっぱり!さねだ!
「ナァーー」

ーー………………は?

  ……なぁ?


「驚いただろうけど、アイツも悪気があった訳じゃねぇから、許してやってな」
頭を実弥の手が何度か撫でていく。
その背後から大きな犬が覗き込むように現れると、ひいろの前で前脚を揃えてペタンと座り込んだ。揃えた前足に頭を乗せてこちらの様子をうかがっているようだ。

ーー……い、ぬ?。


喉が渇いているだろと目の前に置かれた皿を覗き込んで目を疑った。

水面には黒い猫が写り込んでいたから。
 




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