「粂野君、、」
「違うんだ………ひいろは、、」
思った以上に蝶屋敷からの返事は早かった。
というより、カナエ本人が現れたのだった。

動向は知らされてあったため、何かあった時のためと割と近い場所での任務に当たっていた。ひいろという鬼を研究のためと、かこつけてお館様に報告してあるとはいえ黙認している。その責任が自分にもある。そうカナエは思っていたから。

カナエが2人を見つけた時、眠っているひいろを匡近が抱き締めていた。しかし、ひいろの口元には血の跡があり、匡近の手に巻かれた手拭いが赤く滲んでいた。ひいろが傷つけてしまったとそう思う以外の方法が見つからなかった。

「こうなってしまった以上、私の判断だけでひいろちゃんと粂野君を一緒にいさせてあげる事ができません。」

「これはひいろの意思じゃなくて、、ひいろは とめてって言ったんだ!
 とめられなかったのは俺で、、
 だからっ
「だからと言って、粂野君が次はこうして話をする事もできないかもしれませんよ…
 それをひいろちゃん自身が望みますか?」

本当ならカナエは2人を引き離すようなことはしたくはなかった。
しかし、カナエとて、鬼の非情な姿を嫌と言うほど見てきた。仲良くなれれば良い。その心に偽りが無くてもそう上手くいかないという事も分かっている。

「今ここで頸を落とすことはしません
 ただそれもあり得る事を覚悟して下さい」

カナエのその言葉を最後に匡近も意識手放してしまった。彼も彼で気を張りすぎて限界だったのだ。


「粂野君、、ごめんなさい…」

ーーーーーー

「……ここは、、家?」
匡近は頭がぼーっとする。
何か大切な事を忘れているような、、

《 匡近 》
「っ!!!ひいろ」
布団をはね飛ばし起き上がるなり家中の戸を開けて探して回る。

いつも笑顔を向けてくれる
愛しい、愛しい、その姿を。


広い家ではない為、全てを探し回るのもあっという間に済んでしまう。ひいろは何処にも居なかった。外は日の光が差している。

「何処に、、」
ふと目に止まる百日草の植木鉢。
手を伸ばし触れると涙が溢れてきた。
「どうして、、」



カラカラカラと玄関が訪問者の音を立てた。


「ただいま帰りました」
「?!?」

体が動く。声のする方へ。

だってそこには君が居るから、、

「ひいろっ!!」
走る勢いそのまま抱きしめる。
ぐふって少しだけカッコ悪い声が出てしまったけど、そんな事ひいろは笑って流してくれるから。
「どうしたんですか?匡近、痛いです」
「ひいろが何処にも居なくて。
 外だってまだ明るいのにっ」
「何を言ってるんですか?
 私だって外くらい行きますよ」

「え?、、だってっ!ひいろは、、」

ーー鬼、、。

腹部に痛みが走る。
「?匡近?」
痛みとは対照的な微笑む声。その違和感に体を離してゾッとする。ひいろの手が真っ赤に染まっていた。大好きな愛しいその姿は、頬を染めてその血染めの手を眺め、舌を伸ばして紅を舐めとり、そのまま禍々しくこちらを向く。

その瞳には下弦の陸と刻まれていた。


ーーーーーー

「っ!!!」
まるで水の中から顔を出すような目覚めだった。苦しくて苦しくて限界になって顔を上げた。そんな目覚め。

酷い夢だった。

ーー分かっている。ひいろがここにいない事。

ゆっくり体を上げると、障子には水の揺らぐ影が映り不思議な感覚に包まれる。飴細工の金魚でも泳いでいるんじゃないかと思ってしまった。


あの晩の翌日には、柱に緊急召集が通達され、ひいろの扱いについて会議がなされた。開始3分もたたぬうちにひいろの頸には日輪刀があてがわれたらしい。
しかし、結果的にひいろは命を繋ぎ止める。
それは鬼殺隊に敵意を持たない彼女を下弦の陸に据え置く事が可能ならば、下弦の陸は居ないのと同意義になること、そして、下弦の、しかも陸であれば柱にとっては大した脅威ではなく、ひいろの血から鬼舞辻に対抗する方法が図れるのであれば使う方が有効。それが理由だった。

よく言えば下弦の陸という地位を望む他の鬼からひいろを保護し、鬼側の戦力を削ぐため。
悪く言えば生捕りの研究材料である。

匡近は元々任務としてひいろと出会っていた事から、裁判にかけられるような事にならなかった。しかし、被害がなかったものの、連れて歩き鬼化が進んでしまったという点で謹慎処分となった。そして、ひいろが今どこにいるのかは知らせて貰えなかった。

揺らぐ水面の映る障子を開くと庭に大きな桶が一つ。後藤が洗濯をしていたのだろう。物干しの方に視線を向けてやはりと思う。
しかし後藤が干した洗濯物を見て裸足にもかかわらず庭に飛び出していた。

「……粂野さん。足、ちゃんと洗って下さいよ」
「後藤くん、それ……」
「ひいろさんのですよ。宿から荷物引き取ってきました。」
後から聞いた話だったのだが、あの宿の女将は少し前まで鬼殺隊の隊士だったそうだ。
蝶屋敷と縁が深く、知らないうちに話は通してあったのだという。

風に揺れる外套を前に崩れ落ちるように膝をついてしまった。
「何でだろうな…ひいろは絶対に人を喰ってなんか居ないのに
 どうして弦付きの鬼になんてなっちゃったんだ、、」
「粂野さん……
 それはきっと、どうしようもない事だったんすよ」

どうしようもない。それはいかにも都合のいい言葉で、、でも、他にふさわしい言葉が見つからない。
「でもきっと、ひいろさんは出掛けたことは後悔してないですよ。
 会議の後、俺を見つけたひいろさんが言ったんです」

  《光の花はとても綺麗でした》  


俺はね粂野さん。全てが上手くいく未来をいつの間にか描いていたんですよ。胡蝶さんたちが人間に戻る薬を完成させて、あなたは柱になってひいろさんと手を取って笑ってるそんな未来。
鬼がいないってところまで言えないのは俺が鬼殺隊に慣れすぎてしまったと思って下さい。
本当はいないって言えれば良かったんすけどね。
だって、応援したくもなるじゃないですか。
人が人に想いを寄せて、その人の為にああしたい、こうなりたいって……。俺は隠だから、刀を取って戦うことはして無いけど、必死に戦って生き残って、仲間を見送って……悲しい事の方が多いこの生活、少しでも明るいものを見たいじゃないですか。


「……後藤くん。俺はやっぱり柱にならなきゃな」
「そうっすよ。泣いてる暇なんて無いんですからね」
「……そうだよな。ひいろに心配かけちゃうよな」


ーーーーーー

ひいろは藤の花に囲まれた部屋の中にいた。少しでも藤の花から逃げようとすると部屋の中心にいるしかなくて、そこに膝を抱えて座っていた。

ずっと頭の中で声がしている。
人を殺せ、人を喰え、鬼殺隊など潰してしまえと。
嫌だ。嫌だと答えるのも意味はない事だと分かりきっている。それでも、言われっぱなしも耐えられなくて、つい、嫌だと口にする。
でも、それに救われている自分もいた。
まだ自分を手放してはいないと。

「ひいろちゃん体調はどうかしら?」
襖が開き、カナエが藤の部屋に訪れる。頻繁に様子を見ては話し相手になって帰っていく。
本当は匡近に会いたい。それでも、傷付けてしまっておいてそんな事は言えなくて、匡近の事は口を黙(つぐみ)続けている。

カナエの後ろに珍しい訪問者が居た。
「………ごとうさん、、」
「ども。………なんて顔してんすか。
 ほんと、世界が終わるみたいな。」
「今回は本当かもです」

「ごめんなさいね。
 本当は2人で話させてあげられたらいいんだけど。」
「あ、別に恋人同士の会話じゃないんで聞かれたところで困る話じゃないですよ。
 被害が出るとすれば粂野さんが赤面するくらいなんで。
 俺は痛くも痒くもないです」
「あらあら」

「……匡近は、げんきですか?」
「粂野さんっすか?
 うーん。今朝は……泣いてました。
 謹慎してるんですけど、塞ぎ込んで、夜はうなされて、
 結構沈んでるんじゃないですかね」
「………」
元気ですと嘘でも言ってくれると思って口にしたけれど、後藤にそれは通用しなくて。ひいろは僅かな希望も打ち砕かれるようで唇を噛んだ。
「でも、そもそもが間違ってるんすよ。

 何で粂野さんとひいろさんが別のところにいるんすか?
 それは悪いけど柱たちの愚策だと思います」

口にしてからカナエがその場にいる事を思い出して、慌てて土下座を始める後藤だったが、カナエは鈴が転がるように笑う。
「それは手厳しいけど、確かだと思うわ」
気にせず話をどうぞと促されると、後藤は胸を撫で下ろす。
ひいろに向き直った後藤はその姿を見てギョとした。声も出さずにまんまるに開いた目からポロポロと涙をこぼしていた。
「ちょっ!!お、俺か?!
 俺が泣かせたのか?!」
「だって、、なんで、、私は、、」
「的を射ない事言っても俺は理解してやれないですからね」

ひいろは知っている。
後藤という人物は思った事を包み隠さず言う方だという事を。だから嬉しくて仕方がない気持ちと匡近傷つけてしまったのに、、という気持ちがぐちゃぐちゃになって押し寄せる。

「鬼だから、鬼なのにと、卑屈になってたら明るい未来に手は届かないんじゃないすか?」
「だって!それは事実でっ」
「確かに事実かもしれないですよ。いや、事実なんですよ。
 でも、粂野さんは前に進む事にしました」
ーー………そっか
  、、私の帰る場所は無くなってしまったんだ


「階級上げて柱になる」

その時聞こえた声は後藤ではなく何故か匡近の声だった。


必ずまた一緒に居られるようになるから
だから大丈夫

目を閉じたら微笑む姿も見えた気がして思わず目尻が下がる。
顔を上げると、後藤が2、3歩後ろへ後退していた。
「?」
「あー。なんていうか、、
 そのまま粂野さんに届けられたら良いのに。」
「何ですかそれ」

ーーほんとうにそう思っただけです。
  そんな風に笑うから
  2人のこと見守ってしまうんです。

光の花が咲けば良い。

いつか。

二人を祝福する。二人のための

光の花が。




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