手を目の前に出してみるとそれは明らかに人間の手ではなくて、毛でモコモコしていた。

「ナァーーーー!!(どうなってるの!!)」

「お、意外と元気だな」

ーーさねっ!!私!!!
「大丈夫だぁ。普通の水だからな」
ーーそういう事じゃなくて!!
  あー。だめだ、、喉が、カラカラ


ひいろは喉の渇きに耐えきれず、水の入った小皿に手を伸ばした。しかし、猫の手では皿を掴むことはできない。
そうこうしている間に、皿の淵に手を置いてしまい、小皿が傾いて水が溢れた。

ーー嘘…。飲んでないのにっ!!

「お前、、水飲むの下手な」

様子を見ていた実弥は小皿に水を入れ直すと、黒猫の首根っこを掴んで膝の上に乗せ、口元で小皿を傾けた。
実弥の方を向くと、ほれと小さく口が動いた。
そうしてひいろはやっと喉の渇きを潤すことができた。


それにしても何故自分が猫になってしまったんだろう。変なものを食べた覚えも、血鬼術をかけた覚えも、かかった覚えもない。
胡蝶姉妹の作った薬にそんな作用は無いはず。
そもそも、猫になる薬なんて作れる方が凄い話である。

ーーそれにしても、見たことないさねがそこにいる…

人には鋭い視線を向け、威嚇し、人を寄せ付けようとしない実弥が犬と遊んでやっていた。
今ここで元に戻ったら、実弥は慌てふためくことだろう。でも、それはひいろに見られていたという理由もさることながら、目の前でひいろが焼死してしまう事になるから。だから、今はこのままでいい。

こんなに穏やかに過ごせる事があっても良いんだ。

温かな日差しの下、丸くなってあくびを一つ。

夢ならば、それで良い。


ーーーーーー


ーー何故戻らないの?

直ぐに元に戻るだろうと思っていたから、特に重く考えてはいなかった。しかし、今や空には月が浮かんでいる。

一体何でこんな事になってしまったんだろう。

昼間ゆっくり日向で睡眠をとってしまったからか全く眠くない。どうやらアレは失敗だったらしい。
考え続けても何の解決にもならない。
だから、散策に出る事にした。
もともと猫は夜行性。夜目も効くし、じっとしていては良くないことを考えてしまいそうだから丁度いい。

考えてもどうにもならない事ならば開き直る。

だって今は猫なんだから。



「くそっ!!なんで何の形跡もねぇんだ!」

ーーこの声は!

聞き覚えのある声に足取りも軽くなる。

「ナァーー」
後ろ姿に向かって声をかけたつもりが、やはり出るのは猫の声。そりゃあ今は猫なのだから仕方がない。
その背は突然の事にビクッと揺れた。辺りも暗い為、黒猫の自分は驚かせるつもりがなくともそう言う結果になってしまうのだった。

「なんだ、、猫か。
 お前の縄張りだったのか。
 悪りぃな大きな声出して」
ーーそれは大丈夫。

そこに居たのは不死川玄弥。言わずもがな実弥の弟。玄弥の名前はこっそり匡近が教えてくれた。

「人探してんだけどさ、見つからなくてイライラしちまった。
 って、そんなこと言われても分かんねぇよな」

伸びる手に黙って頭を撫でられる。
「お前の目、緋(あか)いんだな。
 珍しい。
 、、、前に助けてもらった人もさ、緋い目の人だった。
 変わった外套着てて動きは軽くて、本当猫みたいだった」
出会った日を思い出している玄弥は微笑んでいてひいろはホッとする。
優しい表情が出来る記憶になったのならあの日な出会いは無駄ではなかったと思える。
「ナァー」


ガサガサガサ

静かだったその場所に誰かが踏み入る音がした。ひいろと玄弥は音のした方に目を向ける。

しかしそれは


誰かではなく


"何か"。


凍り付いたように一瞬で場が表情を変えた


ーー鬼、、

  どうしよう、こんな姿じゃ守れない
  でもっ!!

「フシャャヤヤーー!!」

鬼に向かって威嚇し飛びかかった。


しかし、打ち払われ鬼へ牙は届かない。
体を捻って着地すると再び鬼を睨む。

「何だよアレ、、」
『ニンゲン、、ニク、、ニク、』

ーーヤバイ。時間稼がなきゃ!

ひいろは再び走り出すと、捕まえようと伸びる鬼の手をさらに踏み台に、頭上へ跳ぶ。
目を狙って爪を立て、振りかぶった。

『イタイ、、イタイ?
 ネコ?、、ニク、、ウマイ?』

ひいろの爪は鬼の顔に傷を付けたが、狙った目からは逸れてしまった。それどころか片脚を掴まれぶらりと下がっている。もう一方の脚で掴む手を蹴り続けるが、脚の爪がその手を傷付けても鬼の手は弛まなかった。

それどころか、鬼は猫のひいろを頭上に持ち上げると、上を向いて口を開ける。
ぬらぬらした口内が眼前に広がり、ひいろの背筋がゾクゾクとした。


「おらああァァアア!!」
声と共に石が次々に玄弥の手を離れ、鬼の顔に命中していく。その石は鼻の先にいるひいろには一つも当たっていない。
鬼が堪らず手を緩めた隙に手から抜け出して玄弥の元へとひいろは戻る。

「ナーー!!」
丁度手元の石が無くなり、一人と一匹は周りを見渡す。鬼の顔はぐちゃぐちゃになっていたが、ひいろは知っている。

こんな物では鬼は死なないと。

「大丈夫か!?
 何なんだよアレは!!」
ーー逃げるんだ!
ひいろは玄弥の服に齧り付くと鬼から少しでも離れるように引っ張り続ける。
「そんなに引っ張んなって!!

 あんなんで動けるはずがーーー」

玄弥の体が吹き飛んだ。


その体は近くの木に当たり、ザワザワと葉音がした。

ーー玄弥!!


  守らなきゃ。
  玄弥はさねに会わなきゃいけないんだ…


鬼の手が、ぐったりした玄弥に伸びていくのが見える。
酷くゆっくりとしていて、逆に気持ちが悪い。
しかしそれも、ただそう見えているだけ。

駆け込んだひいろは鬼の腕に牙を突き立て、そのままその肉を噛み切った。
 




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