口に広がる鬼の血肉の味。それは匡近が与えてくれる血の味とは全く異なって苦みを含んで不味かった。

気分は最悪。体の奥底から怒りの感情なのか、熱が上がる気がした。その熱はやがて炎に代わり目の前にあがる緋い炎は、体を包んでそして消えた。気分は最悪なのに先程までと違って力を感じる。
体も大きくなっていた。黒猫姿だったひいろは黒豹の姿に変わっていた。月明かりに照らされてその毛並みは漆黒に輝く。手足もがっちり引き締まり爪も猫とは比べ物にならない鋭さがある。

鬼は突然変わったひいろの姿に驚いて、本格的玄弥を人質にすべく慌てて走り出す。しかしそんな事をひいろが許すはずもなく、振り上げた爪は鬼が玄弥へと伸ばしていた腕を引き裂いた。
腕は吹き飛び、どさっと音を立てて地面に落ちる。ひいろは直ぐにまた地を蹴って鬼に噛み付くと思いっきり首を振って投げ飛ばし、玄弥との距離を取らせる。噛み付いた時にバキッという感触があり、再び動き出すまでに少々時間を確保できた事だろう。

ーー玄弥は…?!

木の根元でぐったりしているその姿に駆け寄り、頬を一舐めすると玄弥が少し動く。

ーー……良かった。息もある。
  でも、早く人を連れてきて手当をしてもらわないと。

今の自分では、手当ても、鬼を殺すこともできない。助け呼びに行くためには……


別に殺したわけじゃない。
血肉を欲しているわけでもない。
そもそもこんな不味いものは口にしたくない。

それでも守るためには爪をたて牙を剥く。

それに迷いはない。


ひいろは鬼の体をズタズタに引き裂いた。


ーーーーーー

悲鳴嶼はその夜、任務の帰り道に猫の鳴く声を聞いた。
その声は弱々しく、しかし確実に助けを呼んでいるよう聞こえた。

視力を失った悲鳴嶼であったが、目が見えない分、他の感覚が研ぎ澄まされ、周りからは本当に目が見えていないのか疑問の声すら上がるほどだった。そんな彼が猫の鳴き声だけを頼りに山道をそれて山の中を行く。

猫の声に近づいている。そう思ったのとほぼ同時にカサカサと葉音がした。

鳴き声と同じように、ふらふらと現れた猫に悲鳴嶼は膝をつき、手を差し出すが、猫はその手をサラリとかわしたかと思うと、悲鳴嶼の、袖を噛み引っ張るように来た道を戻ろうとする。

まるでどこかへ連れて行くように。
その姿からはやはり必死さが伺える。

「、、ついて行く。離してくれ。」

暗い山の中を黒い猫を追いかけて歩く。
それは目の見えない悲鳴嶼だったからできた事だったかもしれない。現れた時のふらふらした足取りとはうらはらに黒猫は足速で先を進んでは振り返って悲鳴嶼を待つ。

ーー道が悪いのは目的地へ一直線に進んでいるからか……

よほど賢い猫なんだろうとそんなことまで考えてしまう。
背の低い大きな樹を避けると、開けた場所へと出る。そこには再生途中の鬼、そして木の根元ではぐったりとした少年がいた。

悲鳴嶼が日輪刀で鬼の首を落とすと、再生は止まりあっという間に鬼は霧散して消えていった。

少年の安否を確認に進みながら悲鳴嶼は、この場へ導いた黒猫へと「この少年は君の主人か」と問う。しかし、反応はなく気配すら闇に溶けて消えていた。


ーーーーーー

黒猫こと、ひいろは体中の痛みを堪えてやっと最初の神社が見える場所まで戻ってきた。
けれど軋む体は限界を迎え地面に引っ張られるように倒れ込んだ。

ーーもう、、動けない、、

脚はガクガクで、体中痛くて、動く元気はないのに、ふと口の端が上がる。
完全に悲鳴嶼と会う事ができたのは偶然だった。それでも、あの姿は見た事があったためすごく安心感があった。

ーー柱の前に引き立てられた時は不安しかなかったのに

それは下弦の陸にされ、匡近を傷付けてしまったあの後の話だ。悲鳴嶼自身最初は、鬼は殺すべきという立場だったはずだ。
それでも、胡蝶カナエの説得に考えを曲げてくれたのだ。鬼殺隊の更に柱の中でも信頼の厚い彼が味方に回ってくれたから、、といっても、ひいろの味方と言うよりは、カナエの味方と言うのが正しいような気はするのだが…何にせよ、そのおかげで命拾いしたことに違いなかった。
"でも"と思考は闇に向かう。

ーーさね、、ごめんね、、
  玄弥を鬼殺隊に近づけてしまったよ、、

そんな選択をしたくはなかった。
それでも、そうするしか無くて、、

だんだんと意識が、遠のいて行く…
本当にもう限界らしい。
涙を一筋。意識を手放した



昼間、ひいろを追いかけ回した犬がどこからか現れると。横たわる黒猫の首根っこをカプリと咥え神社の縁まで運ぶ。

縁に下ろすと乱れた毛並みを舐めて整える。風が吹いて犬はブルリと身を震わせた。まるまる猫に視線を向けたのち、猫を包み込むように自らも横になる。

まるで、猫を守るかのように。


ーーーーーー

ーー暖かい。
  今日もおひさまぽかぽかなのかなぁ…

うっすら目が開いて視界がぼんやり映り出す。どうやら座ったまま眠ってしまったらしい。膝の上から滑り落ちた本を誰かが横に避けておいてくれたようだ。

ーーそうか、、猫の話を読んでたんだっけ……

瞼を擦ると夢と現実の境がはっきりとしてきた。
「おはよう。ひいろ」


その声は何よりも私の心を温める。
隣には優しく笑う彼が居た。

ーーそっか、、貴方がいたから
  暖かかったんだ、、、


「おはようございます、、、

 匡近。」

嬉しいはずなのに目からはポロポロ涙が溢れて、ぼやける視界に匡近が消えてしまうんじゃないかと手を握る。


「……ずっと、、会いたかった。」
絞り出すようなひいろのその声に匡近は小さく頷く。
涙を袖で拭って。

そのまま、どちらからともなく愛しい人を抱きしめた。



夢見る寝子(ねこ)の物語。
 




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