小さな体を腕に抱き、頭を撫でる。
指の間を流れる髪の感触が心地いい。

「ん、、」
「ごめん、なさい、、痛かった、、ですか?」
首元から不安そうに顔を上げたその顔を見て愛しさが込み上げる。
「平気。むしろ……」
「むしろ?」

   その痛みですら愛おしい

逃げ道のない腕の中で、真っ赤に染まった顔をひいろは背けるが、耳まで赤みが差していて匡近の頬が緩む。
あまりいじめてはいけないなと思いながらも愛しいのだから仕方がない。

「もういいの?」
血はもう要らないだろうか?と頭を撫でると観念したように赤みの差した顔のままこちらを向く。見つめるその目に今度はこちらがドキッとしたがそれを隠すように撫でていた手で首元へと導いた。




ひいろが蝶屋敷に移されてから、匡近は毎日のようにひいろの元を訪れている。
念の為と部屋の直ぐ外に人が居るにしても、少しの間であれば2人きりの時間をカナエは用意してくれた。

匡近もひいろも理解してくれるそんな存在が有難い。
ずっと一緒に居られるわけではないけれど、それでも笑い合えるそんなことが二人にとっては間違いなく"幸福"だった。


それから更に三月(みつき)ほど過ぎたころ実弥から階級が甲に上がっていたことを匡近は聞かされた。
元々実弥は柱になろうとは思っていないため、今自分がどの階級なのかなんてそんな事はどうでもよく、本人も気づいていなかったのだそうだ。


隊士たちの修練用に隊で借り上げている道場で、久しぶりに匡近は実弥と顔を合わせる。
相変わらず実弥は他の隊士も睨みつけて、修練のための手合わせはしているようだったが、それ以外には人を寄せ付けようとはしていなかった。
「さーねみっ!!」
匡近が大声で名前を呼ぶと、実弥は知らない人ですとでも言いたげに背を向けて振り向こうともしない。
匡近は大きく息を吸った。
「おーい!実弥、実弥、実弥、実弥、実弥、
 さーねーみぃーー!!」
「いい加減にしやがれ馬鹿近ぁ」
根負けした実弥に、胸ぐらを掴まれているのに匡近は明るく笑っていた。

「新しい指令だぞ、実弥。なんと、共同任務だ」
「俺ら二人でかァ?珍しいなァ」
「まあ、階級が上がると後輩の世話もあるし、
 なかなか一緒には戦えないからなあ。

 ところで、、」

「アア?」

「実弥、ちゃんと後輩の世話出来てたのか?
 もー兄ちゃん心配で、心配で」
「オイ。ただの兄弟子だろがァ」

「でもさ、昔みたいに苦情はほとんど来ないから、鬼を斬る以外のことも実弥は頑張ってんだろうなって、そう思ってた」

時々真面目な顔をしてそんな事を言うものだからウザい、ウザいと思っていても、ちょっとだけ見透かされているような気もして面白くないと思っていても、この兄弟子を実弥は嫌いにはなれない。

いつの間にか道場にいたはずの何人かの隊士は修練を切り上げて居なくなっていた。
匡近の容赦ない絡みに、実弥の怒りが爆発して巻き込まれる事を危惧したのかもしれない。

それをいい事に道場の真ん中移動すると、向かい合って座り込んだ。
汗の染み込んだ板張りの床から道場特有の匂いがして、昔は今より協調性のない実弥だったから、専ら一緒に手合わせしてたな。なんて懐かしくなってくる。

ーーお互い、成長したって事なんだよな…

「…さ、、か……


 オイ!匡近ァ?!」

「!!っあ、実弥。なに?」
実弥の呆れ顔に、キョトンとしてしまった。

「ったく。聞いてねぇのかよ。
 で?どんな指令なんだァ?」


ーーーーーー


「今日は粂野さんいらっしゃらないんでしたっけ?」
そう声をかけてきたのはアオイ。彼女はカナエやしのぶと一緒にひいろのところへ来ているうちにひいろという存在に慣れた。
だからといって、警戒心はちゃんと持ち合わせている。

「はい。遠い場所へ任務に出なきゃいけないって言ってました。
 でも、いつもと違って心配は湧いて来ないんです。


 だって、今回はさねと一緒の任務だって言ってましたから」

アオイはそう言って笑ったひいろに見惚れてしまった。
光に当たることが出来ないため、厚手のカーテンを下げて薄暗くしているはずなのにその笑顔はキラキラと輝いて見えた。

「あの、、良かったら料理してみませんか!」
「……へ?
 わたし、味分からないですし。」
「知ってます。
 でも、少し興味があるって言ってたじゃないですか」

「味の事は私が手伝います。
 遠い場所へ任務に出ているなら丁度いいじゃないですか!
 帰って来たら、きっとビックリしますよ!」


いつか匡近が柱になって、また一緒に暮らせたら、、
もしも、カナエやしのぶが人間に戻る薬を作り出すことが出来たなら、、
そして、共に生きることが出来たなら、、

幸せな気持ちがどんどん溢れていく。
ーー努力をしたい。

「ご迷惑でなければ、
 よろしくお願いします。

 アオイ先生」

「せっ!!先生だなんてっ!」

アオイの慌てようにひいろが笑うと、釣られてアオイも笑い出す。


皆が願う。

ひいろと、匡近が幸せでありますようにと。
 




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