実弥はひいろがいる部屋の前に居た。
自分から話さなければいけないと、足を運んだものの、その戸に手をかける事が出来ない。

匡近が亡くなってから、あっという間に一週間ほどが経ってしまった。実弥とて無傷で戻ったわけではなく、入院を余儀なくされていたのだ。
そのせいで匡近の葬式に参列する事は叶わなかった。しかし、それをどこかホッとしている自分も居る。共同任務だったのにと自責の念に押し潰されそうになっていたから。

しかし、こうしてばかりも居られない。

聞いた話によると、あの日からひいろは飲み食いを一切していないのだという。
蝶屋敷の面々もこのままでは飢餓状態で自我を失ってしまいかねない。近々拘束具が必要なのではなんて話も出ているらしい。

ーーそんな事だめだ


実弥は意を決して静かにその戸をあけ、中に入った。
もともと薄暗い部屋ではあったが、今は輪を掛けて暗い気がする。ひいろはベッドに腰掛けて、光を遮るカーテンの方を眺めていた。

一度だけ実弥の方へ視線を向けるものの、それは直ぐに元に戻って行った。

お互いに存在は認識していても口を開かずに時間が過ぎていく。言わなければいけないと思えば思うほど、なんと切り出していいのかわからなくなってしまう。

「さね、、匡近がこないの、、、」
「………ああ。」
ーーそうだ。匡近はもうどこにも居ないんだ。

ひいろは実弥の方へ視線を向けた。実弥の首元の包帯は良くあることと目を逸らしても、目の下は黒くクマができている。何日も寝ていない事がひいろにも分かった。そして顔色も悪ければ、唇もカサカサで生活に何一つ気を回せていない事がうかがえた。


「私は、さねが嫌い。大嫌いだ、、。」
「……知ってる」

「だけどね、一緒の任務だって聞いて、
 今回はすごくホッとしていたの」
「・・・・・・」

「二人なら、またいつもの調子で笑いながら帰って来てくれるって思えたから」
実弥は強く拳を握っていた。

「私はさねが羨ましい。
 さねはいつだって匡近の隣に居られる。
 匡近の手助けするのも、いつだってさねで
 私はいつだって匡近の帰りを待つことしかできない。
 
 一緒に戦う事も、食べる事も、歩く事すら出来ない……
 でも、匡近との約束をちゃんと守ってる。
 匡近が好きだから。匡近を大切だと思っているから。
 一緒に居られる日を信じていたから。

 でも、、なんで、、?
 帰ってこなくなるの?

 ねぇ。かえしてよ、、まさちかを返してよ…」


出来るもんなら、返してやりてェ。
俺が死んで、匡近が生きていれば今もここでコイツはあの馬鹿兄弟子と笑って共に過ごしていた事だろう。
なんで俺なんだ。何で親を殺した俺が生き残って良いんだ、、違うだろ。

違うのに、、。


何度問うてもその答えはどこにも無く、誰も答えてもくれない。
それでも、このままでは匡近が心を寄せていたひいろが、飢餓状態によってひいろではなくなってしまう。
ーーそんなのは駄目だ。

「ひいろ。血ぃ飲め」
「嫌だ。」
「飲め!」
「嫌だ!匡近との約束だ!!」
「その匡近がもう居ねェんだよ!!」

ひいろにも分かっては居た。
匡近がここまで連日会いに来ないことなんて無かった。
重ねて匡近が居ないのに実弥が来ることなんて無い。
それでも聞きたく無かった。
何より実弥の口からなど。
実弥の言葉は疑う余地すら残してはくれない。
だって、実弥は作り話を。それも、誰も喜ばない作り話などする人ではない。

「……匡近のところ連れて行って、、」

「悪りィ。………連れて行ってやれねェ、、」
「………匡近のところに行きたい!」
ベッドの上から転がり落ちるように出てくると、今まで自分から実弥に触ろうとしなかったひいろが実弥に縋り付く。
しかし、頷くことがない実弥を見て、隊服を握っていたその手は、実弥の体を打ち始める。
匡近との約束を守り続けているその体は思っていたよりも小さくて、行き場のない悲しみが溢れ出し震えていた。目からはボロボロと涙を流す。
「匡近は死んだんだ。
 下弦の壱と戦って、、飛び出した子どもを傷つけまいと刀を引いて、、」
「なにそれ、、お人好しにも程があるでしょ、、
 何で?何で、、何で!何で!!」

いつの間にか雨が降り出していた。
雨が窓を打つ音が次々となっている。
ひいろの問いに実弥は答えない。
実弥もその答えを持ち合わせては居ないのだ。
雨音だけが煩いくらいに聞こえる気がする。

ひいろは実弥を突き飛ばすと
窓を開け放ち、雨が降る外へと飛び出していった。
実弥が手を伸ばすもひいろを掴む事は出来なかった。

慌てて実弥も外へ飛び出す。
日の光が届いていない為燃え尽きる事はないにしても火傷のように肌が赤みを帯びていく。
「馬鹿っ!!外に出るんじゃねェ!!」
「離してよ!さねが匡近のところ連れてってくれないなら自分で行くしかないでしょ!!」
「そんなことしたら匡近が悲しむだろォ!!」

「だったら答えてよ!!
 匡近の所に行かせてくれないけど、
 私に何を支えに生きろって言うの?
 匡近がいないこの世界では
 どんな色の花が咲くって言うの……?」
実弥をまっすぐに見つめるその目からなのか、それとも雨なのか頬を次々雫が流れ落ちる。
その目を見続ける事は実弥にはできなくて目を逸らした。
ずるずるとひいろの体は雨の打ち付ける地面に崩れ落ちていった。
汚れる事も構わずに蹲(うずくま)って泣いている。

《実弥、ひいろのこと頼む、、》
何でこんな面倒臭いやつ残したんだよ。
鬼なんだから早く頸を落としてやれば良かったんだ。人を喰わねェから、人を守っていたから、意思の疎通ができるから、理由はいくらだって並べられる。
それでも、後藤が言ったように、コイツには匡近(おまえ)が居ねェ世の中ではもう生きていけるわけねェんだよ。

《人と鬼の境界線って何処にあるんだろうな、、》

ふと、匡近の言葉が頭をよぎった。
 




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