2
ひいろの自殺まがいの行動はあの時だけで、その後、外に飛び出していく事は無く、寧ろ抜け殻の様になってしまった。部屋の隅の床で壁にもたれて視線は宙を彷徨う。
生きていながら、生きてはいない。
本当にこれが正解なのか?
無理矢理血を飲ませようとしても吐き出してしまう。
元から必要以上に血を飲もうとしないため、線は細かった。そして、今は輪をかけて痛々しい。
「ひいろ?お前はどうしたい?」
答えは分かっている。それでも実弥は問う。
「、、まさちかと一緒がいい、、」
ーー匡近の名前を呼ぶときは必ず笑うんだな。
その姿に実弥は心を決めた。
勝手な事をして咎を受けるかもしれない。
それでも、その意志を曲げる選択肢は無かった。
ーーーーーー
実弥はひいろをおぶって夜道を歩く。
霧がかかって視界は悪く、始めて来た場所というわけではないのに、不思議な感覚があった。
体力などほとんど残っていないであろうひいろの体に負担が無いようゆっくりどこかへ進んでゆく。
実弥はどこに向かっているのかひいろに伝えてはいなかった。会話もなく足音だけが二人の耳に届き続ける。
何となくひいろは実弥と会話をするのはこれが最後の機会なんじゃないかと思い口を開いた。
その声はここ数日発していなかったせいで掠れて、震えて、伝わるのかすら不安になる。
それでも言わずにはいられなかった。
「ごめんなさい。、、酷いこと言った。
来るなとか、寄るなとか、ずっと酷いこと言い続けてた。
……何より匡近返してとか、
一番言っちゃいけない事だった。
………ごめんなさい」
「ああ」
「ごめんなさい」
「ああ」
「ああって、許さないでよ。
私は許されちゃいけない。
鬼なんだもの。
さねの血だって遠ざけなきゃ我慢できなかったんだもの。
嫌い、嫌いって言い続けなきゃ、辛かったんだもの。
甘い匂いに負けそうだったんだもの。」
実弥からの返事は返ってこない。
「何か言ってよ馬鹿…」
「……着いたぞォ」
そこは墓地。鬼殺隊の墓とは違う場所で匡近は実の弟と一緒に眠っている。
ひいろを木に寄りかかるように座らせると、
実弥は辺りを見回し、一度手を合わせて墓石を少しだけ動かして、下から真新しい白い壺を取り出した。
その白い壺を墓石の下段へ置く。実弥はひいろの体を抱えて移動すると、箱に手が届く場に彼女を下ろした。ひいろには自ら立って体を支える力は残っていないのだ。
ひいろは気づく。
置かれたこの小さな壺が匡近であると。
「小さくなってしまいましたね
私より背は高かったのに、、」
ひいろはその壺を抱きしめた。
「ありがとう、、さね
匡近に会わせてくれて、ありがとう」
「やっぱり生きていく気はねぇのか?
俺の血でも、あれば"お前のままで"生きられるんだろォ」
「ダメだよ。私は匡近と約束したから
何より……一緒にいたい。」
「………分かった」
実弥は少し離れた所にいる人影に目配せする。
ーーーーーー
実弥はとある屋敷の門を叩いた。
中から出てきた人物、冨岡義勇は実弥の訪問に眉根を寄せた。
「なんの用だ」
実弥はなんと切り出したらいいのか分からず視線を逸らし頭をかいた。
なかなか話始めない実弥に冨岡はため息を一つ吐く。
「話がないなら帰れ。接近禁止令が出ているはずだ」
「……….頼み、、が、あんだ、、」
「頼み?」
「お、にの……頸を斬ってやってほしい、、」
いつの間にかひいろの事を"鬼"と称することを躊躇った自分に内心驚く。
「不死川が斬れば問題無いだろ」
「俺じゃダメだ、、、」
「何故だ」
「………風の呼吸に苦しまずにおくってやれる型は無ェ、、」
「…………」
返事のない冨岡に、実弥は視線を落とすと冨岡に背を向けた。
ーーやはりここに来たのは間違いだった。
冨岡には俺の頼みを聞く義理はねェ。
だんだんと離れていく"殺"の文字に冨岡は彼の名を呼んだ
ーーーーーー
「良いんだな」
「ああ。一緒に居させてやってくれ」
冨岡が静かに日輪刀を抜いた。
水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨
「……ありがとう」
ひいろは匡近の骨壷に頬を寄せて笑っていた。
今度は鬼になんてなるんじゃねェぞ
迷わず匡近のところへ行け
ーーーーーー
ひいろは川のほとりに立っていた。
背中まであった髪は、頸を落とした事で肩につかない位置でバッサリと切り揃えられていた。
髪に思い入れは特に無く、気持ちが軽くなったような気すらしていた。
ーー……匡近はどこ?
あたりを見回してもその姿は何処にもない。
あんなに近くに居たのに。
彼の遺骨を抱きしめていたのに。
せっかくさねが導いてくれたのに。
まだ会えないと言うの?
私が鬼だから?
血を飲んでいたから?
鬼で居ながら
人に恋してしまったから?
「………ここには、、いないの?」
そもそも鬼になんてなりたくなかった。
日の光で死ぬ。あんまりでしょ。
恋をしたって、想い人と
好きな時に共に同じ物を見て、食べて、並んで歩く
そんな当たり前の事ができない。
結ばれて、共に生きていく夢すら見られない。
死して尚、遠いだなんて。
そんなの絶望しかない。
ひいろの目から涙が溢れ落ちる。
涙は止まらない。
匡近が居ないから。
名前を呼んでくれる人がいないから。
「匡近が付けたんだよ?
名前を忘れた私に、、」
また、忘れてしまうよ
ひいろ と
名を呼ぶ声。
どうせこれは、都合のいい幻聴。
会う事なんて叶わない。
涙を拭い続けるも、溢れ続ける涙にその視界は歪んだまま。
「こんなに早く来るなんて思わないだろ?」
バッサリ切り揃った髪に触れる、困った感情も読み取れる笑い顔。
「………」
うまく笑えているだろうか?
どうしても涙が溢れて口元が引きつってしまうの。
ただ、もう苦しくはないよ。
匡近がここに居るなら。
ーーーーーー
いくら心を持った鬼でも、一緒に居れば悲しい結末しか待ってねェんだ。あんな思いをする事になるのなら、初めから一緒にいる事なんて望まなければいい。癸(みずのと)の隊士が守り抜ける筈がねェ。最初から諦めさせねェと、、、
長く居れば情は移る。
悲しい思いを繰り返す必要ない。
優しいやつはいつだって苦しむんだ。
実弥は鬼が入っているという木箱に手を伸ばすと、小さく、小さく呟いた。
「お前に恨みはねェが、、、悪いな、、」
隠が静止の声を掛けるが聞く気は無い。
実弥は木箱を手に柱たちの集う会議の場へ歩を進めた。
「オイ!!鬼を連れた馬鹿隊士ってのはお前のことかァ!」
……終
ラ不。
ーーーー中書きーーーー
あとがきではございませんでした。
本当ならばこれで終わるお話でした。
これが、当初書いた最終回です。
中編として変えたため、それに沿うように変更はしましたが、大筋ほとんど変わっていません。
「風の型には苦しまずに送ってやれる型がない」
これがこの話を書き始めるに至った題材って言うんですかね。つまり最初は匡近さんの話ではなく、実弥さんの話だった訳です。
夢主の首落ちた後のシーンもありませんでしたし。
さて、最初に書いた通り、これでは終わりません。
皆さまの予想を少しでも裏切れますように。
もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。
次のページへお進み下さい。
ページ: