「だったら答えてよ!!
 匡近の所に行かせてくれないけど、
 私に何を支えに生きろって言うの?
 この世界ではどんな色の花が咲くって言うの……?」

雨が地面を打ち続ける。
実弥からの返事はなく、救いを求めて向けた視線は逸らされてしまった。

ーー手を差し伸べてすら貰えない、、

「わああぁぁぁぁあああ!!」
叫びにも似た声をあげて、ひいろは崩れ落ち、汚れるのも構わず蹲って泣き続けた、、


ーーーーーー

その日も頭は回らず、ただ宙を見つめ匡近の痕跡を探していた。見つからないのは分かっている。それでもそうするしかなかった。


自身の中から声がする

『お前の居場所はそこにあるのか?
 お前の想い人はもうそこには居ないのに。』





憎くはないか?
子どもを助けるために鬼にやられた?
一緒に任務に出た弟弟子は柱になるのだろう?
お前の愛するものが望んだその地位に。

そもそも、

その者が死んだのは本当に仕方ない状況だったのか?

想い人が死ぬに至った
子どもが憎くはないか?
死んだ者がなかったかの様に弟弟子を柱に祀りあげる
鬼殺隊が憎くはないか?

お前を飼い殺していた医者の子孫が。
助けられていた事も知らない町の奴らが。


見殺しにした弟弟子とやらが……

全テガ憎クハナイカ?


柱にはお前の想い人が座る筈だったのだろう?
そこに平気で座る

あの男だ。

憎イダロウ?

『お前の居場所は、ここにある

 さあ。おいで?』


いつのまにかひいろの手は赤く染まっていた。


ーーーーーー



蝶屋敷から姿を消したひいろは匡近と過ごしたあの家にいた。



「ひいろさんっ!どこに行くんですか?!」

よろよろと外へ向かおうとするひいろに声をかけたのは後藤だった。匡近が亡くなった後も、後藤はひいろを気にし続けている。
蝶屋敷から消えたと聞いて、ここしかないと単身、飛んできた。

一度視界に入れたものの、まるで興味はないと言いたげにその視線は外される。

「ダメです一人でふらふらで歩いていては」
「離してください。
 もうなんの意味もないんですよ。
 匡近はいない。
 人でも喰って誰かに斬って貰えば良いんでしょう?」

「そんな事、粂野さんは望んじゃいませんよ」

後藤に掴まれている腕を思いっきり振った。後藤の手は離れその体はダンと大きな音を立てて床に転がった。
下弦の陸にされて以降、ひいろには力があった。
今まではそれを向けてこなかっただけ。

ふと目に入る百日草の鉢。
ーーあの男と仲良くなんてなれない。

  もうならない。

ひいろは鉢を掴むと床に叩きつけた。
大きな音と共に土と破片が飛び散り、百日草は根を見せて床に倒れ込んでいた。
「、、、っ。」
後藤は軋む体をゆっくり起こして、粉々になった鉢へはって進むとその破片を拾う。

「ダメですよ、ひいろさん。
 粂野さんからもらった大切なものでしょう?」

「……アイツと仲良くなんてできない 
 それが例え匡近の願いでも、、」
「違うんですよ。
 百日草の花言葉は他にもあるんです」
「そんなの。関係ない」

「"変わらない心"そして"幸福"。
 俺には粂野さんがそっちの意味で送ったとしか思えない。
 変わらない心が粂野さん、ひいろさんどちらの心を指すのかまでは分からない。けど、2人の心がいつまでも変わらずに在れば良いと、例えひいろさんが鬼でも、そうあって欲しいと俺だって思った」
「でも、もう遅いです。
 覆水盆に返らずって言いますでしょ。
 割れた鉢も同じです。
 私はここにくる前に鬼殺隊士を傷つけてしまった…
 匡近の事、悪く言った事が許せなかった。
 だから、、

 私はもうここに居ちゃいけないんです。

 何よりアイツのことをどうしても見ていられない。
 殺してしまいたくなってしまう。



 だから、、さよならです。」

アイツとは不死川実弥のことだろう。
ひいろは涙を流しながら、困った表情を浮かべていた。しかしそれも直ぐに消えて、その感情は読み取れなくなった。
「これ以上引き留めるつもりなら、
 後藤さんを殺(や)らなきゃいけない

 隠の貴方では私に敵わない

 だから、とめないで。」

「ごめんなさいね。
 これでも、鬼殺隊の隊員なんでな」

後藤は小刀を取り出す。
それは確かに日輪刀と同じ玉鋼から造られた物ではあるが、基本的に戦闘を目的には作られておらず、到底鬼に、まして下弦の陸に対抗できる代物では無い。

「俺、粂野さんに最初に聞いたんです。
 ひいろさんをどういう立ち位置として見たらいいのかって。
 あの人なんて言ったと思います?」


《どう見るかは後藤君が決めたら良い。
 でも、俺にとって


     大切な、女の子だ》


ひいろの目には匡近の姿と声が聞こえた。
しかしそれに気を取られて、ハッとした時には目の前に後藤がいた。投げつけられた粉を吸い込んでしまうと、肺から焼けるように痛み出す。きっと藤の花の何かだろう。後藤はひいろの手首を掴むと背中に回し、拘束しようとした。

だが、そんなことは叶うはずもない。
ひいろは後藤を蹴り上げると、
その体は簡単に吹き飛んで壁にぶち当たる。
「っカッ!!」

ーーひでぇや。一緒に過ごした仲だろ、、

  隊士の連中はこんなんザラにあんだよな。
  だから、俺は隠なんだけど……

  痛てぇなぁ。

足音に顔を上げると、ひいろが膝をついて目の前に座った。その左の瞳には「下陸」と刻まれている。目の前で横に払われた爪は口元を覆っている布を裂き、頬に赤い線を刻む。

こんなことを言ってはいけないのかもしれないが、目の前で見たひいろの姿は可憐でとても可愛らしかった。

その顔が近づく。


ひいろは後藤の頬を伝う血を舐めとった。

それは、


匡近との約束を破ったという事。


「後藤さん。
 前に、、、
 人を好きになるってどんなかって聞きましたよね?」

下を向いたまま立ち上がると、後藤に背を向ける。

「……心なんてなければよかった」

振り返る事なくひいろは去っていった。




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