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先程まで鬼の子が使っていた肌掛けを被せ少しでも引き戸から遠ざける
「兄ちゃん!?」
「早く戸を閉めるんだ!!」
弟は匡近の大きな声に肩を震わせ、慌てて戸を閉める。
鬼の子の右手が焼け爛(ただ)れていた。
「何でこんな無茶をするんだ!!
君は死にたいのか!!」
「……思い出してくれると思ったので、、」
匡近は肌掛けで包んだまま抱き抱え、元居た部屋へと歩を進める。
しかし、行手を塞ぐように弟が立っていた。
「ねぇ。兄ちゃん。その人変だよ。
だって、日の光で火傷するなんて聞いた事ない…」
ーーごめんな。そんなこと言わせて。
弟は匡近の顔を見て、彼女が普通ではないと分かって匡近が接していると理解する。
でも、兄を取られてしまう悲しみが込み上げる。
「一緒にいてよ。兄ちゃん。
俺、兄ちゃん大好きだからさ。
もっと一緒に居たいよ、行かないでよ、、
……ここでしか、、会えないのにさ、、」
ーー分かってたんだな
この弟も、匡近が自ら創り出してしまった、ただの幻。この言葉は弟と一緒に居たい自分が弟の姿を借りて口にさせた言葉なのだろう。
そして、今を逃せばもう2度と弟には会えない。
泣きたい位に悲しい。
叫びたい程苦しい。
「それでも、ごめんな。」
兄ちゃんはお前が次生まれてくるまでに、鬼に怯えて過ごさなきゃ行けない夜を変えるから。
仲間と一緒に命を賭けて戦うから。
「心配してくれてありがとう。
また、俺の弟に生まれてきてくれ。」
鬼の子を一旦降ろし、弟の体を抱きしめる。
抱きしめたまま頭を撫でると、弟は鼻を啜(すす)って泣き出しそうなのを堪えているのが分かる。
ーーこれ以上は離れたく無くなってしまう。
体を離すと直ぐに弟に背を向け、鬼の子を抱き上げようとしたが、彼女は「歩けます」と小さく口にした。
二人並んで弟の脇を通り過ぎる。
ごめんと思う。
ありがとうと口にする。
また、会えるのを切に願う。
刀を取る覚悟する程に大切な弟だから。
決意が揺らがないように、振り返らずに部屋の戸を後ろ手に閉めた。
「本当に良かったんですか?」
「こんな世界、偽物だって言っておきながら、鬼の血鬼術にまんまと捕まっちゃったよ」
匡近は悲しさを隠すように、へらっとわらった。
でも分かった事がある
本の中では子供たちの記憶は、鬼の都合の良いように改竄されてしまう。
子供たちが好きなように物語を終える事はないと言う事だ。
やはりこんな物、幸せな物語では無い。
「ところでさ、その腕、何があったの?」
びくっ!と、肩を揺らし明らかに鬼の子は視線を逸らす。何か答えようと口をパクパクしてはいた為、少し様子を伺っていると、、
「えっと……こ、、、転んだ、、とか?」
「・・・・・・・」
素直に白状しないと言う事は、自分のために動いた結果なのだろうと匡近は察する。
この子は己の体は傷ついてもいいと思っている節がある。匡近にはそれがどうしても引っかかるのだ。人を食べない彼女の怪我は直ぐには治らない。ならば、落ちた腕は治るまでどれだけの時間が掛かるのだろうか?むしろ治る、事などあるのだろうか、、
ーー俺が、、ヘマをした代償。
「………を飲むんだ」
「…………へ?」
「………血を飲むんだ」
鬼の子の顔を真っ直ぐ見据えて匡近は口にした。
返事も待たずいつの間にか戻っていた隊服の前を緩めていく。
「ちょっ!!ちょっと!まって!!
私、嫌です!!
飲みません。駄目です!」
「、、、じゃあどうして、そんな怪我をした?その腕はいつもどるの?」
「…そ、それは、、、」
「じゃあこう考えよう。
俺は本(ここ)から出るために君を利用する。
事を成す為には対価が必要だ。
それが今回は"血"であっただけ」
匡近の顔が、ふっと柔らかく笑みを乗せた。
「血を飲んだとしても、俺は君を拒絶しない。
俺に力を貸してくれないか?」
鬼の子の前に手が差し伸べられる。
実際左腕を無くし、右手を焼いた今の自分では匡近を外へ連れ出す術がない。
まだ名前のつけられないこの気持ち。
それでもこの温かい気持ちは匡近がくれたもの。
そして、彼にどうしても生きていて欲しい。
本当は怖くて言えなかった。
考えなしに動いたせいで本から出る術は既に詰んでいた事。焼けた手は思うように動かないから。
そこに助けられる可能性がある。
それでも。
「……私は、、血を飲むのは嫌です。」
枕元に置かれていた日輪刀を焼けた右手でなんとか親指と人差し指に挟むように拾い上げ、匡近の前に差し出す。とても不恰好なその手とそれに不釣り合いに美しい深い緑色の刀身。
ーー私も、綺麗な色でありたかった。
「でも、匡近の力になりたい」
匡近は日輪刀を受け取ると鞘へと収め、空になった彼女の手を引く。簡単に腕に収まるその体は、木から落ちてきたあの日と同じでやはり小柄な女の子。
抱き合うようなそんな状態に少しだけ恥ずかしくもある。
それでも鬼の子の頭を撫で首元へと導いた。
「……本当に、良いんですね?」
「…ああ。、、痛くないと良いんだけど。」
フッと笑い声がする。
僅かな痛みを伴って牙が匡近の首元の血管にプツリと穴を開けた。いったいその傷でどれだけの血が出ているのかは分からない。しかし耳元で液体を飲み込む音がする。確実に血は飲んでいる。
時々首に当たる吐息と、耳に届く呼吸音。
何より肌を伝うその感覚に、匡近は心臓が飛び出そうなほどバクバクしていた。
血を飲めと言った。
確かに。
首を差し出したのは自分自身。
それでも、、
匡近は必死でこの感覚の名前を探す。
怖い。 違う。
気持ち悪い。 違う。
くすぐったい。 違う。
恥ずかしい。 違くはない。
でも、もっと違う、、
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