匡近は感覚で鬼の子が首元から離れていくのが分かった。今まで表情を見る事は叶わなかった。
一体どんな顔していたのだろう。

離れていくその顔が匡近の目に映る


その顔は頬を赤く染め、火傷が治り元通りになった右手でその赤ら顔を隠そうとしていた。

視線が合うと、何か言わなきゃいけないと思ったのか、その視線は宙を泳ぎ始める
「………ご、ごちそうさま、、でした
 お、おいしかったです、、、」

口にした後、間を置いて自分の言葉にみるみる顔が青白くなっていく。鬼の子は匡近に詰め寄った。
「あの!!おいしかったと言うのは、、何というか、、言葉のあやと言いますか、、別に、食料として、美味しい、食べたいとかそう言う意味ではなくて、全く食べるつもりはなくてですね!!えっと、、なんていうか、、もっと不味い物だと、、いや、違う!
 食べない。食べない。食べたくなんてない!!えっと、えーっと!!
「おいしかったなら良かったじゃん」

「ふぇ??」

「食べられるつもりは無いけどさ。
 それだけ自分で嫌な事、しない事と決心した事を俺が半ば無理やりやらせたんだ。
 それで、口にした俺の血が不味かったらかえって申し訳ない話だった」

だから、良かった。
そう、匡近はにこりと笑った。

そんな言い方をされてしまえば、なんと返したらいいのかわからなくなってしまう。

「腕が治ってないけど、火傷が治ればいいとか思ったわけじゃないよね?」
そうだったら怒るよ?と今度は鬼の子が匡近に詰め寄られる。
「ち、違いますっ!!
 ………流石に見る勇気は、、」
だんだん小さくなって消えた言葉。
鬼の子は逃げるように匡近から離れ、背を向けたまま肌掛けを頭から被る。顔だけぴょこんと出てきたかと思うと、目をぎゅと瞑って背を丸くしていた。

匡近が察するに、彼女にとっても切り落とされた腕が元に戻るなど未知の領域で、直視する事は勿論、人に見られることすら憚られることだったのだろう。

肌掛け越しに鬼の子の不自然に落ちていた肩先が徐々に膨らみ、丸まっていた背筋も元のように伸びていく。ゆっくり開けた目の前に恐る恐ると言った様子で左手を出し、その手を握ったり開いたり感覚を確かめている。

背中を向けていた鬼の子が匡近へ振り向いた途端に肩から肌掛けがするりと落ち、匡近にも元に戻った腕が見えた。着ていた着物の袖が肩先からバッサリ無くなって少々思うところがないわけでは無いが、匡近が見た彼女の笑顔はとても綺麗だった。




ーーーーーー


「いい加減戻って来ねぇと、その本、俺が焼き捨ててやっからなァァ…」

恨言の一つや二つも言いたくなる。
本を守りながら薙刀(なぎなた)使いの僧侶の格好をした大男と、ふわふわひらひら飛び回る少年の二人を相手に実弥は刀を振るっていた。
「あんにゃろぅ、、胡蝶妹みたいな動きしやがって!!」

「肆ノ型 昇上砂塵嵐!」
巻き上がる砂嵐の様な斬撃に飛び回る少年は距離を取り離れていったが、その嵐を晴らす勢いで大男の薙刀がヴォンと風を切る。実弥へ迫る薙刀は気づいた時には既に振り直す刀で受けられる間合いの内側。

ーー完全に間に合わねェ

実弥は切りつけられる事は覚悟し、いかに傷を軽く済ませるか。そう考えを改めた。

しかし、本がある。
コレも守らなければ、、

「馬鹿近ァァ!!早く戻れェェェ!!」





「流石に、馬鹿近はあんまりでしょ。
 俺コレでも、実弥の兄弟子だぞ?」

迫る薙刀を匡近の刀が受け止めていた。

「陸ノ型 黒風烟嵐」
更に薙刀を型で払いあげる。

突然の兄弟子の帰還に正直実弥はホッとしていた。
「気を抜くのは早いよ!」
匡近と違うその声に実弥が視線を向けると、鬼の子が少年を蹴り飛ばした。少年が本棚へと吹き飛ばされ棚からはバラバラと本が落ちていく。
「ちょっと!!どの本に子供たちが囚われてるのか分からないから、丁寧に扱ってくれ!」
「あ、すいません。
 でも、分かったこともあります!!」
鬼の子は匡近に向かって微笑んだ。
そして、"あと…"と再び口を開く。
「この二人ってたぶん牛若と弁慶ですよね?」
「牛若ァ?弁慶ェ?」

疑問の声をあげる実弥に対して匡近は成る程と口にする。

迫り来る攻撃を避けながら匡近は自分の見解も含めて説明していく。
つまりは「戦うのは苦手」と口にした下弦の鬼の戦闘手段は本の登場人物を具現化するということ。よってどれだけ攻撃しても、実体は無く、どうにかしてこの敵を打ち伏して下弦の鬼を斬らなければ解決はないと言うことだった。

「これだけ本があるって事は、
 それだけ敵が出てくるって事じゃねェか!!」
「流石に源氏物語から攻撃を受ける事はないと思いますけど」
「いや、分からないぞ。
 確か生霊になって呪い殺す女性もいただろう?」

何より、女は怖いという。

「敵は二人。二人でしのげますよね?」
「だってよ?実弥!!」
「聞くんじゃねェ!出来るに決まってんだろォ!!」

匡近と目が合うと、鬼の子は頷き懐から懐紙を取り出した。


ーーーーーー

本の中にいた時間に遡る。

「匡近の持ってる懐紙を少し分けてもらえませんか?」

鬼の子の両腕が元に戻り、一刻も早くここから出て実弥の加勢に行かなきゃ行けないと思う反面、少しでも策を練っておきたい気持ちもある。
外の様子が分かるわけではない為、難しい芸当ではあるのだが。

そんな中の彼女の発言である。
懐紙くらいどうという事はないが、何をしようとしているのか不思議に思う。
そもそもどうやってここへ来て、どうやってここから出るのか。今は全て信じて任せるしかない。

「私の血鬼術って、相手の血鬼術や相手そのもの介入することなんですよ」
「介入?」
「術自体に介入して、本質を歪める。同じように触れれば相手の触れた箇所に何らかの異常をもたらす事ができます。
 でも介入するには術式が必要で、その上触れられるものにしか効果はありません。
 あらかじめ紙に書いて貼り付けるなども有効なので、戻る前に少し準備したいんです」
鬼の子は人差し指の腹を爪で傷つけ懐紙に次々と"術式"なる物を書いてゆく。

「例えば、火を操る鬼が居たとして、操る火には触れる事が出来ないので、手出しはできないけれど、操っている物が糸ならば、触って強度を弱めたり、太さを変えてしまったりする訳です。

では問題です。

本当の空間と別なものを見せている術に私は手出し出来るでしょうか?」


匡近は考える。
もしも空間が別な空間と入れ替わっている、又は空間が繋がっているならば、触る事ができる為介入は可能だろう。
では、他の空間を投影しているだけであるならば、映されたものではなく投影機自体に介入しなければならない筈。

つまり

「ーーーーーー」


鬼の子は満足気に「ご名答」とわらった。
 




ページ: