16000超え御礼



今回、名前変換はありません。
舞台は鬼舞辻が人間だった時代の話。
夢主→柚華(ゆずか)
鬼舞辻無惨→俊國(としくに)



先程から乾いた咳ばかりを繰り返している。
体が弱い事は私が望んだことでは無いというのに、世話を焼くとか、そういう仕事を与えられた筈の女は早々に仕事を投げ出して逃げてしまった。

まぁ、それも仕方のないことなのかもしれない。この時代、病という物は呪いの一種と解釈されることもあった。
つまり、病人は、、特に長く伏せる様な病人は気味の悪いモノでしかなかった。
皆が逃げて、避けて、見ないふりをして、、
此処は冷たい言葉を乗せた風ばかりが通り過ぎていく。

ーーああ、もう、、限界だ、、

寝ていても咳一つすら改善などしない。自ら水でも取りに行くしか無い。満足に動かない体でも、軋み傷み続ける身体でも、


    生きていたいのだ。


渡廊下を奇異な目や、逸らす視線を感じながら一歩一歩踏み締める。

ーー水が、ただ、水が欲しい…

くらりと目眩がして、その身体は大きく傾いていた。


    俊國様!

呼ばれた様な気がした。でも、耳鳴がひどくて、本当に呼ばれたかは分からない。

それでも、確実に、崩れ落ちた筈の体に痛みはほとんどなくて、冷え続ける身体に温もりが伝わってくる。

「ごめんなさい。支えきる事は出来ませんでした
 お怪我はされませんでしたか?」
抱き締める様に向かい合って、膝をついて居たのは柚華。
返事をしたくても、ヒューヒュー空気が通るばかりで音にならない。
体を支えていた温もりは「少しお待ちください」と言うと、私の体を柱へと預け離れていく。

温かさが離れて行ってしまうことが、酷く寂しく、不安が込み上げる。肩からぶら下がる腕が、力無く板間に転がっていた。
心無い囁き声が聞こえ、また心を削っていく。

ーーああ、此処も寒い。
  何故、、虐げられなければいけないのだ…

視界は白黒、色など遠に忘れてしまった。
「俊國様、お水です。
 煎じ薬が入ってますから、すぐに楽になりますよ」

声に視線を向けると、明るく微笑む先程の声の主、柚華が器を差し出していた。

彼女だけが色を付けて存在している。

もう力が入らず持ち上がらないのではと思っていた腕が、器を受け取る。柚華にはその手が危なっかしく見えたのか、俊國の手に手を添えて器を支えている。

ゆっくりと流れ込む水は喉だけでなく、荒んだ心にも慈雨が降る。

「そこの方、大変恐縮では御座いますが、この器を
 厨房へお返し願えますでしょうか?」
柚華は俊國が飲み終えた器を乗せた盆をすぐ近くにいた女性に差し出したが、相手の女性は目を逸らした。
「…私、厨房の方へは用が有りませんので…」
「分かりました。では、あなた様が俊國様を寝所まで
 付き添ってくださいませね?」
「ちょっ!ちょっとお待ちください、
 なぜ私がその様なことを!彼の方はご自分で
 ここまでいらしたのでしょう?だったら、また
 ご自分で戻られたら良いだけじゃ無いですか!」
盆を持って数歩進んだ先で、柚華が足を止めた。くるりと戻ると、女性を睨みつけた。
「申し付けられた仕事を投げ出して、
 好き勝手やってる奴が居るから、俊國様がああして
 苦しんでいるんでしょうが。
 何なら、その愚行を上に全部話します。
 それでよろしくて?」
最後だけ満面の笑みで微笑むと、女性は慌てて盆を受け取り、足音高く去っていった。

「良いのか、また妙な噂が広まるぞ。」
一部始終を見ていた俊國の言葉に、柚華は肩を貸し、体を支えながら笑った。
「真実を俊國様が知っていて下さるなら、
 噂なんて痛くも痒くもございませんわ」


    生きていたいのだ。

    柚華の側に居たいから…。
    誰でもない、、柚華の側に。




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