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さて、少し昔の話をいたしましょう。
それは昔。大正、、、いいえ。もっと昔。
明治の中頃だったでしょうか。残念ながら時代は定かではありません。
妓夫太郎と堕姫という二人で一つの鬼は上弦の陸という地位を掴み取っていました。そんな地位に昇りつめたという事は、それだけの人間を殺め、喰ってきたという事に他なりません。妹、堕姫はどうかわかりませんが、妓夫太郎にとってその地位は誇らしいものでありました。奪われ続けたモノを取り立て続け、取り返したモノであったから。しかし、同時に人間への憎しみは積もるばかりで消える事はありませんでした。
まるで喰った人間の憎しみまでがどんどん体の中に溜まっていくようです。寿命が無いこの生ではそれは癒える事のない傷口のようで、時には虚しく感じてしまうこともありました。
行く先に僅かにも迷いが生まれたそんな頃のことです。
「お兄ちゃんなに見てんの?」
「いつの時代も人間てぇもんは、やる事がかわんねぇなぁ」
ーー人間だって鬼じゃねぇか
視線の先では少女が綺麗な着物を着た侍に殴られ蹴られ、血反吐を吐いて転がされていた。
その姿が妙に癪に触る。
ーーほとんど忘れてしまった人間の頃の記憶だろうか?
その感情は今の今まで、沸きつつあった気の迷いに真っ黒な墨を塗りたくっていった。
「胸糞悪いわ……っておにいちゃん??!」
屋根の上。隣でそれを眺めていた妓夫太郎が消えていた。その姿は少女を背に侍に向き合っている。
別にその男はたいした男では無いだろう。
ただ偶然に良い家に生まれて、
偶然に食うものに困らず、
偶然に良い着物を着て
偶然に刀を下げている
しかしそんな偶然に付き合わされて
偶然に逆鱗に触れ
偶然に血反吐を吐くほど殴られ、蹴られ
偶然に骨も折れ
偶然に尚も刀を向けられている
そんな偶然あってたまるか。
"あの時"と違ってこの侍の目は両方ある。
ーー……あの時?
ふと疑問に思うも、そんな事はすぐにどうでも良くなった。
妓夫太郎はその侍を鎌で切りつけていた。
みるみる肌の色が変色し侍はのたうち回る。
「おめぇみてぇな奴はなぁ。
地獄の苦しみを味わって死ねよなぁ」
妓夫太郎は地面に転がる少女の前にしゃがみ込むと、その凄惨さに虫唾が走り左手で肌を引っ掻き始めた。爪が走った後には赤い線が残り次第に血が滲んでいく。
だらりと下げていた手に何かが当たる感触に下を向くと、痛々しい傷だらけの手がゆっくりと妓夫太郎の指を弱々しく掴んだ。
「……た、すけて、、」
ーーまだ生きてるのか、、
痛てぇよなぁ、、
「……くれ、、
て、、、ありが、、とう」
ーーーーーー
現代の妓夫太郎は放課後、椅子の上にしゃがみ込み、右手を宙に挙げ、その手をぼーっと眺めていた。
梅がなんかよくわからないやつに呼び出されたとかで教室で待たされているのだ。
終わればスマホに連絡でも来るだろう。
ーーありがとう。……か。
お礼を言われたのなんてあれが初めてだったかもしれない。
それはなんとも言えない感覚だった。
少女が鬼として目が覚めるまで不安な気持ちもあった。多くが悲鳴をあげるこの顔。目覚めた少女がどんな反応をするだろうかと。
堕姫は意外にも少女を鬼にした事を喜んでいた。妹が出来たみたいと微笑んだその顔は人間だったころでも見られなかったような可愛らしさを含んでいた。
そして目覚めた少女は悲鳴一つあげずにもう一度
助けてくれてありがとうございますと。
そう言って微笑んだんだ。
「………せ ぱ、」
ーー誰かが呼んでんのか?
ああ、梅の呼び出しが終わって帰るって言ってんのか
……ってか、俺、寝ちまってたんだなぁ、、
おー。分かった、分かったと、手を伸ばし、呼ぶ声の主の頭を撫でながら、しょぼしょぼする目頭を軽く揉み解す。
「……悪りぃ。寝ちまってたんだなぁ
じゃあ梅、帰るか……あ?」
「・・・・・・・」
いつもの反応と違うという違和感を感じながらも、手を伸ばした先に目を向けて思わず後ろへ仰け反ってしまい、妓夫太郎の座っていた椅子がガタンと大きな音を立てた。
「……菫?!」
ぽかんと口をあけて驚いた顔。
「妓夫太郎先輩、、前にもこんな事ありましたか……?」
「……は?」
「いや、、すいません。
……忘れてください。」
こぼれ落ちてしまった言葉に菫自身が戸惑って自ら否定し、これ以上その話は続けることが出来ない。その顔はどこか苦しそうで妓夫太郎は手を伸ばした。
しかし、その手もまた菫に届かないまま引き返すと首の後ろをポリポリと掻く。
「何か用でもあったかぁ?
姫に頼めば、狛治経由で済んだだろうに、
3年の教室まで来んのしんどかったんじゃねぇの?」
「……どうしてですか?」
「制服の袖口、、皺になってんだろぉがぁ。
……不安な時はよく、、」
ーー駄目だ。これは転生前の記憶、、
あんな夢を見たから、、
「本当ですね。皺々になってしまいました」
アイロンかけなきゃ駄目ですねと袖口を妓夫太郎に向けながら苦笑する。
「コレ、良かったら食べてください
調理実習で作ったんです。
恋雪ちゃんと一緒の班なので、味は保証つきなので安心してください」
差し出されたのは三日月の形をしたクッキー。
「明日は門が空いてる間に登校お願いしますね」
狙ったように廊下から恋雪の声が菫を呼んだ。
どうやら狛治の所に来る恋雪と一緒に3年の教室まで上がってきたらしく、帰りは3人で行くようだ。狛治が居るなら、まぁ、安心だろう。
菫はお辞儀をすると、教室のドアまで行きもう一度先程より小さく頭を下げて恋雪のところに行ってしまった。
再び一人になった妓夫太郎は貰ったクッキーを眺める。
「………三日月型か、、」
無意識に菫は記憶を辿っているのではないだろうか。
三日月型は血鎌の形に遠くない。
辛いことなど思い出してほしくはない。
でも、もし、思い出してくれたなら、、
願わくば菫と、、、。
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