王族の側近候補との縁



「流石、王族の祝宴ともなれば力が入っていますね」
「これが彼等なりの祝い方だから、できることなら廃棄したくない」
「食材も国民の血税でまかなわれていますもの。いわば国民からの贈り物です。それをも理解して思い遣れる方は……ルシアン様はご立派です。大人でさえ蔑ろにしがちですから」

 国民の血と汗の結晶で揃えられた料理は、とても素敵な贈り物。それを食べきれないからと廃棄するなんて酷すぎる。
 出来得る限り無駄が出ないように、ルシアンが采配さいはいを下したのだと聞いている。だから立派だと称賛すると、ルシアンは目を見張り、気が抜けた笑顔を見せた。

「ナディアには敵わないなぁ」
「ルシアン様が、私の努力を理解してくださるのと同じです」

 私もルシアンの努力を知って、彼の思いを理解したい。
 その気持ちを伝えれば、ルシアンは蕩けるような甘い笑顔を見せた。

 ……この笑顔は未だに慣れないのよね。
 つい口を引き結んで頬の熱を逃がそうとすると、クスッとルシアンに笑われる。
 ああもう、居た堪れない。

「ぅ、あ、あの……ルシアン様は何から選びます?」
「野菜からだと、消化に良くて健康にいいんだよね。なら、トマトのマリネを頼むよ」
「では、私もそれを」

 ルシアン様が給仕に告げると、給仕の男性は一礼して取り皿に見栄え良く盛り付けた。
 銀食器が変色しないかを確認しつつ、同時に口へ運ぶ。
 酢の酸味が利いた瑞々しいトマトに隠された甘みが引き立つ逸品だった。
 次に合鴨のパストラミをいただき、舌鼓したつづみを打つ。
 そんな私達の和気藹々とした食事風景に釣られ、大人から子息子女まで集まってきた。

「へえ、ローストビーフで葉野菜を包むのかい?」
「ローストビーフの味を強く感じつつ、葉野菜の瑞々しさが絶妙なんです。逆なら葉野菜の瑞々しさでさっぱりします」
「……ん! ……本当だ。逆だといくらでも食べられそう」

 私の食べ方を真似したルシアンが嬉しそうにはにかむ。
 私も笑顔を返して、食後のデザートの前に果実水で口直し。

 その時、大勢の中からある視線を感じた。
 ひと際強い視線だけど、危険性は感じない。
 辺りを見回せば、見覚えのある色を持つ令息がいた。

 黒い短髪、鋭い黒目、日に焼けた褐色の肌が目立つ精悍せいかんな美貌。黒基調の礼服に隠れても、肩幅から鍛えられていると判る体格。
 彼と同じ色彩を持つ男性とは親しい間柄なので、すぐに思い至った。

「ルシアン様、あちらの……ナイトレイ伯爵令息殿が、こちらをうかがっております」

 アルフォンソ陛下の近衛騎士団長を務めるハロルド・ナイトレイ伯爵。
 叙爵の折りから名前で呼び合う仲になり、時々家族の相談に乗っている。
 妻が気に入るだろう贈り物や、娘との距離の詰め方、二人の息子の自慢話。
 その末息子こそ、ジェラルド・ナイトレイ。

 彼の存在を教えると、ルシアンは食器を置いて向かった。

「ジェラルド、楽しんでくれているかい?」
「はっ。この度はルシアン殿下の十三回目の誕生祝いにご招待いただき光栄に存じます」

 慇懃いんぎんに一礼したジェラルド。
 堅苦しそうだが、ルシアンは慣れている様子で微笑する。

「こちらこそ、君の祝いの品は嬉しかった。長く使い込めそうだ」
「過分なお言葉、恐悦至極。時に、ルシアン殿下の婚約者殿は? 学園でお目にしたことがないのですが」

 いきなり踏み入った鋭い質問。
 どう説明していいのやら悩んでいると、ルシアンが答えた。

「彼女は王城に勤めているからね。十歳で爵位を継ぎ、その年の秋に陞爵した時には、中等部の全教科を修了している。今は彼女がいなければ進められない政策がある。既に高等部も修了しているが、高等部に入る年には落ち着く予定だから、私達と同じように王立学園へ入るとするなら高等部からとなっている。これは陛下の勅命ちょくめいでもあるんだ」

 ルシアンの説明を聞いたジェラルドだけではなく、耳を傾けていた多くの貴族も驚きの表情を浮かべた。
 突き刺さる視線が痛いけれど、こうしてルシアンに守られているのだと理解しているから、背筋を伸ばして堂々としていなければ。

「いい機会だから紹介しよう」

 ルシアンの視線に気付き、彼の隣に立つ。

「彼女がナディア・フェリス公爵。ナディア、彼はジェラルド・ナイトレイ。私の側近候補の一人である以前に友人だ」

 心置きなく友人と言い切った。それだけジェラルドを信頼しているのだろう。
 なら、私も誠意をもって名乗ろう。

「初めまして、ナイトレイ伯爵令息殿。紹介に預かりました、ナディア・フェリス公爵です」

 柔和な微笑で挨拶すれば、ジェラルド殿は息を呑む。
 心なしか頬が赤いような……。

 不思議に思って首を傾げると、ハッと我に返った彼は会釈した。

「し、失礼致しました。ナイトレイ伯爵が次男、ジェラルドと申します。恐れ多くもルシアン第二王子殿下の側近候補に挙げられております」
「ハロルド卿から、貴方と貴方の兄君の自慢を聞いています。長男は剣術だけではなく知略にも優れ、次男は剣の技術に優れ、騎士団の見習いを超えるのだとか」

 あの時の自慢話を思い出して、和やかな笑顔が浮かぶ。
 すると、ジェラルドは驚き顔を見せた。

「父と親しいのですか?」
「ええ、叙爵の折から。貴方の母君とも読書友達なの」

 ハロルド卿の妻、ダリル様とは戦後から交流を持っている。貴族の婦人会『愛書の会』でも意気投合するほど仲がいい。
 聞いていないのなら知らなくて当然かもしれないけれど……。

「ご歓談の最中に失礼します」

 驚き顔のジェラルドの背後から、年長の少年が近寄る。
 褐色の肌、程良い短さの黒髪、切れ長だが目尻は少し垂れ、柔和な印象が強い黒目。
 ハロルド卿とジェラルドと同じ色を持つ、端麗に引き締まった容姿から、彼がハロルド卿の長子だと判った。

 彼は丁寧な所作で会話に入ると、恭しくルシアンと私に向かって頭を下げた。

「ルシアン第二王子殿下、フェリス公爵、会話に割って入ることをお許しください」
「構わないよ、シグムンド殿」
「感謝いたします」

 頷いて許可すると、シグムンド・ナイトレイはさらに深く一礼。姿勢を正すと、弟であるジェラルドをじろりと見下ろす。

「ジェラルド。父上と母上から、フェリス公爵のことは聞いているだろう。親世代に引けを取らない親しみやすさと優しい人柄で気が合い、嗜好を理解してくださると」

 シグムンド殿の言葉に、衝撃を受けつつ気まずそうに俯くジェラルド。
 やれやれと深く嘆息したシグムンド殿は、居住まいを正して私に話しかけた。

「私もフェリス公爵の勧めという騎士道物語を読みましたが、実に名作でした。どの登場人物も魅力的でしたが、特に主人公とその仲間の絆が胸を熱くしました」
「ですよね。私も彼等の信頼関係に胸を打たれました。それと同じくらい悪役の過去も丁寧に掘り下げられて。どうして悪に堕ちたのか、その理由を学ぶことができますし」
「……学ぶ、ですか?」

 私の言葉に引っかかったのか、シグムンド殿は復唱する。

「人は最初から悪にはなれない。悪に堕ちるには様々な過程があり、そこからどう悪に染まったのか考察できれば、どう犯罪を未然に防げるのかも考えられます。例えば盗賊は、困窮こんきゅうした暮らしから抜け出すために悪事に手を染めます。そうならないために民の暮らしをどうより良くすればいいのか、どう手を打てばいいのか、考える力が身につくのです」

 フェリス領の領民は犯罪に走る者はほとんどいない。贅沢のために他者から奪う者は対処しようがないけれど、犯罪への対処法を考え、領の兵士に知恵をつけさせられる。
 おかげでアナトール王国の中で最も犯罪の少ない領地としても有名になったのよね。

 領民の努力を思い返していると、シグムンド殿が真顔を作っていた。
 浅く首を傾げて待つと、目を伏せた彼は私に頭を下げる。

「……失礼、致しました。貴女様の為政者いせいしゃとしての器を見誤みあやまっていました」
「それは……仕方ないのでは? 相手を知るには、相手の人柄に触れることから始めなければ偏見に囚われてしまいますから。噂の真偽を確かめる術も習得が難しいですし」

 だから密偵の教育に力を注いでいるのは、ここだけの秘密。
 シグムンド殿はロベルト殿下の側近だから、その手に気を回す暇が少ない。
 目下の悩みはそれかな、と考察していると、シグムンド殿は口を引き結んだ。

「ナイトレイ伯爵令息殿?」

 どんな意味を持つ反応なのか気になって声をかけると、シグムンド殿は胸に手を当て、恭しく最上のお辞儀を披露した。

「私のことは、どうぞシグムンドとお呼びください。貴女様という為政者に敬意を」

 どうやら次代のナイトレイ伯爵から信用を得たようだ。
 まさかこの場で褒められるとは思わなくて驚いたが、冷静を保って微笑む。

「シグムンド殿のお心、確かに受け取りました。私のことも名前で構いません」
「でしたら、私事ではナディア様と。公の場である今はフェリス閣下とお呼びします」

 次期伯爵として、公爵という上位貴族への礼節を弁えた言動だ。
 彼なりの誠意だと理解して、私は「改めてよろしく」と受け入れた。