十三回目の誕生日の祝宴から二日後。
本日の放課後は、ナディアとデートする約束となっている。
放課後デートに憧れていたのは僕だけではなく、ナディアも同じなのだと知った時は、嬉しいどころか心臓がやられた。
「ルシアン殿下、学期末試験も首席を飾りましたね」
王立学園の中等部。
理にかなった授業内容だったが、フェリス領の学校に比べると物足りなく感じる。
その理由は、王立学園出身の秀才や、意欲の高い学者が多く集められているからだ。
三年前の冬から度々フェリス領の学校にお邪魔しては学ばせてもらったおかげで、王立学園の中等部に入学した初期から成績は首席。
全校生徒から
誇らしい気持ちもあるが、高位の貴族令嬢からの得物を狙うような視線は複雑だ。
「おめでとうございます、ルシアン殿下」
成績表を眺めていると、我が国の国教・シンクレア教の教皇の孫で大司教の息子、クリス・カークリーが感嘆の言葉をかけ、ジェラルドが祝いの言葉をくれた。
数少ない気を許せる学友は、僕がフェリス領の学校を修学していると知っている。だからクリスもジェラルドもそれほど驚いていない。
「まさか宗教学で、私を超えられるとは思いませんでした」
「二年前からフェリス領の学校に宗教学科が加わったんだ。魔術師は古代人の遺産を研究する神秘学者でもあるから、宗教学の基礎は欠かせないらしい。それと大和国の宗教まで学べる。魔導院の建物は大和国の神秘学に基づく風水術が取り入れられているからね」
「……王立学園を越えていませんか?」
「超えているとも。僕の婚約者の人脈と人望があってこそだ」
胸を張って言えば、衝撃を受けたクリスは苦笑した。
「惚気ますねぇ」
「事実を言っているだけだが」
「傍から見れば自慢していますよ」
クリスの言葉にジェラルドが深く頷く。
惚気ているつもりはない。ありのままの事実なのだけど……。
「――!」
会話しながら玄関口を出ると、見慣れた花の紋章を刻んだ馬車を見つけた。
少し待たせてしまったな。
「クリス、ジェラルド。また来週だ」
「え? あ、ええ……」
クリスが戸惑いながら返事を返し、ジェラルドは察した表情で一礼した。
逸る気持ちを抑えて馬車へ向かうと、御者が扉を叩いて開いた。
そうして馬車から降りたのは……
「お疲れ様です、ルシアン様」
「……え?」
僕の婚約者、ナディア・フェリス侯爵。……なのだけど、本来なら着ないはずの王立学園の学生服を着ていた。
衝撃のあまり足を止めてしまった僕に、ナディアは気恥ずかしそうにはにかむ。
「ナディア、その姿は……」
「せっかくの放課後デートですもの。同じ学生服で楽しみたくて。……場違いだって分かっているけど。変かしら?」
少し不安そうな声色になった。
変ではないと言いたいのに、言葉が出ない。
それどころか……
「……かわいい」
普段の凛とした姿と打って変わった初々しさもそうだが、明るい茶系の学生服、横髪を残して耳の裏側の三つ編みを後頭部で結わえた清楚な髪型がとても似合う。
思わず口をついて出た言葉を自覚して片手で覆うが、聞こえたナディアは赤面した。
「ぁっ、ありがとう……ございます」
口を引き結んで照れと喜びを抑え込む表情に心臓がやられそうだ。
不味い。こんな場所だと見られてしまう。
「は、早く行こう。おすすめのお店、楽しみだ」
「え、ええ。……うん。喜んでくれるといいなぁ」
そう言いながらはにかんだナディアとともに馬車に乗り込む。
この一連を遠目で見ていたクリスとジェラルドが唖然としていた。
二人の表情を視界の端に捉えてしまった僕は、次に会う時の説明について悩んだ。
駐車場で馬車から降り、向かった先は商業街。
学友との付き合いで訪れたことがあるが、基本的に有名な喫茶店ばかり。
しかし、ナディアが紹介した飲食店は穴場と言える場所にあり、庶民でも気軽に馴染める明るい内装と心地よい雰囲気が素敵な場所だった。
庶民的な軽食から家庭料理を日替わりで三種類も作り、本日のお茶会という題名の紅茶とケーキの一組を事前に用意している。数量限定で、人気メニューなのだとか。
「いらっしゃいませー。あらっ! ようこそ、本日はご予約ありがとうございます」
飲食店の女将らしき女性がにこやかに挨拶した。
少し距離感が近いような口調だが……
「ゾラさん、今日は――」
「わかっています。ネディちゃん、でしょ? 恋人さんは?」
「シアンと言うの。シアン、彼女は『木漏れ日亭』の女将、ゾラさん」
馬車の中で決めた偽名で紹介してもらい、ゾラという女将は屈託なく笑った。
「ちょうど特等席が空いてるよ」
「じゃあ、そこで。私は軽食の日替わりパイと、予約していた本日のお茶会で」
「シアン君は? おすすめの軽食はローストビーフのサンドイッチだよ」
「じゃあ、僕はそれを頼もうかな」
フェリス領で慣れた気安いやり取りで決めると、「はいよ」と女将は笑った。
ナディアの先導で着席した場所からは、裏庭の綺麗な花壇が見える窓辺。
なるほど、確かに特等席だ。
「素敵な店だね」
「でしょう? 料理も美味しいの」
「ところで、女将さんとかなり仲がいいようだけど」
気になって訊ねると、ナディアは経緯を語ってくれた。
事の始まりは、ナディアがフィリア商会王都支部の視察を終えた頃、取り立て屋にこの飲食店を荒らされている現場を目撃した時。
取り立て屋の酷い行動から怪しいと思い、調査したところ偽の借用書を作らせて数々の店を陥れた犯罪集団だった。
近衛騎士団長のナイトレイ伯爵が最も信頼する騎士団総長直轄の特務隊との協力で犯罪集団を一挙捕縛。
多くの被害者に救済措置を施して以来、商業街から信頼を得た。特務隊の騎士は『木漏れ日亭』の常連客となり、ついでに治安を監視してくれるようになった。
この話は以前も聞いたことがあったが、他の壮大な裏話は初耳だ。
「ネディちゃんのおかげで私達も安心して商いができるんだ。本当に感謝しかないよ」
「どういたしまして。私もゾラさんのお店が好きだから、助けられてよかった」
「ネディちゃん……! シアン君、絶対に幸せにしておやり!」
「あ、ああ、もちろんだ。彼女は僕の最愛だから」
庶民にも愛されるナディアは凄いけれど、一番は僕だと
そんな僕の発言に、女将は頬を赤らめた。
「ま……シアン君、男前ねぇ。ネディちゃん、いい人と出会えたねぇ」
「ありがとう。あ、ちなみにシアン、王立学園で首席になったの。誕生日のお祝いと、学年で一番になったお祝いも兼ねてお店に来たんだけど……」
「まあ、すごいじゃない! だったら一番いいお茶を出しちゃうわ。ケーキも、特別に大きくしとくからね」
「ありがとう、女将さん」
とても気持ちの良い女将だ。
不快な距離感ではなく、親しみを持てる善良な人柄で、僕も気に入った。
サンドイッチもケーキも、これまで食べてきた中で上位の旨さ。
今年は最高の誕生祝いだったと、満ち足りた気持ちに浸れたのだった。