王太子一行との語らい



 その時、シグムンド殿がこちらに来たときの方向から、見慣れた人物がやってきた。
 私とルシアンが無言で礼の姿勢をとると、その人物――ロベルト王太子殿下が制する。

「楽にしてくれ。ルシアンとジューダスの誕生祝いなのだから」
「「お心遣いに感謝を申し上げます」」

 私の言葉にルシアンの声が重なる。
 異口同音での発言に顔を上げて、ルシアンと顔を見合わせると、どちらともなく無邪気に笑い合う。

 そんな私達の様子から、ロベルト王太子殿下が微笑ましそうに破願した。

「相変わらず仲がいいな。私も婚約者殿と、いずれ二人のように心を通わせたいものだ」

 ロベルト王太子殿下の発言に、ルシアンが興味を示す。

「兄上の婚約者はレヴェント帝国の第二皇女でしたね」
「ああ。第一皇女はレヴェント帝国の重要人物だから、第二皇女を婚約者に……と、少々明け透けに説明された」

 西の隣国、レヴェント帝国とは友好国。彼の国から王太子妃、つまり次期アナトール王国の王妃に選ばれた。
 その相手こそが第二皇女。第一皇女の異母妹だとか。

 第一皇女も候補として挙げられたが、彼女は帝位継承権の最有力候補。歴史上初の女帝が誕生するのではと他国にまで噂されるほど有能で有名な人物なので、レヴェント帝国としては手放したくないだろう。
 だから第二皇女が選ばれたのだが、第二皇女自身はロベルト王太子殿下との結婚に乗り気ではないのだと聞く。

 いずれ国の橋渡しとなるのだから、彼女も歩み寄る努力はして欲しい。けれど恋人がいるのだとしたら難しいかもしれない。
 とはいえ、ロベルト王太子殿下にも努力が必要だ。

「ロベルト王太子殿下、失礼ながらご質問よろしいでしょうか?」
「普段通りの呼び方でいい。で、質問とは?」
「シャーリーお姉様から、第二皇女殿下への贈り物をお選びなされたと聞きしました。どのようなものか、お時間がある時におうかがいしてよろしいでしょうか?」

 この場で赤裸々に話していいものではない。
 第二皇女の好みから外れる贈り物だと喧伝してしまえば、ロベルト王太子殿下も気まずくなる。だから祝宴後に話がしたいと暗に言ったのだけれど……

「ナディア殿は彼女の好みを知っているのか? 後学のため教えてくれないか」

 ……この場でそれを切り出されるとは。
 こうなれば仕方ないと、レヴェント帝国で最も有名なルゥビーン商会を伝手に仕入れた最新情報を告げた。

「第二皇女殿下は青系や緑系の服飾、宝飾は小振りのものを選んでいるそうですが、華やかな色にも大振りのものにも関心があるそうです。立場上、第一皇女殿下に一歩引いているそうですので、服飾は清楚ながら要所に華美な意匠を、宝飾は大振りのものと小振りのものを組み合わせるとよろしいかと。ご存知だと思いますが、彼女の容姿は銀髪碧眼だそうです」
「それはどこの情報だ」
「レヴェント帝国のルゥビーン商会の会頭、フョードル・エレミエフ殿からです」

 今年の春の貿易で会い、誕生日祝いで贈り物をされた時に聞いた。
 フョードルは皇族と直接会って商売しているようなので確かな情報だと思う。
 他にも好みの花や食べ物を教えれば、ロベルト王太子殿下は真剣な顔で聞き入り、おとがいに手を当てて思案した。

「……なるほど。あの情報は当てにならなかったか」
「可能であれば、文通は如何いかがでしょう? ロベルト殿下の本音や日常の雑談といった硬くない内容だと心を解せるかと思います。ロベルト殿下の好みを書き足しつつさりげなく訊ねれば、相手方も好みを教えてくださるのではないでしょうか?」
「確かに。すぐにでも試してみよう。貴重な金言、感謝する」
「勿体無いお言葉、恐縮にございます」

 胸に手を当てて一礼する。
 一線を引いた姿勢を心掛けると、ロベルト王太子殿下は柔和に笑った。

「臣下としてだけではなく、ルシアンの婚約者としても、よろしく頼む」
「当方こそ、よろしくお願い致します」

 今後とも親しくしてもらえるのは素直に嬉しい。
 為政者としての関係も大切だが、ルシアンのお兄様として認めてくれたのだから。

「時にナディア殿、同世代の令嬢と交友は築けているだろうか」

 ロベルト王太子殿下の不意な質問は、私にとって厳しいものだった。

 実のところ、親世代以上の貴族とは交流できているが、同世代との交流は少ない。
 貴族として感情を表に出してはならないのだが、こればかりは情けない表情になる。

「アグノエル大公令嬢とナイトレイ伯爵令嬢とは交友を築いております」
「シャーリーの友人と叔父上の娘だけか」

 そう、二人だけ。しかもナイトレイ伯爵令嬢はシャーリーお姉様と同年代で、私と同じ年頃で仲のいい令嬢はアグノエル大公令嬢だけなのだ。
 貴族として人脈作りが滞っているのは恥ずかしいし、私としても情けない。

 表面では苦笑気味だが、内心では落ち込んでしまう。
 ロベルト王太子殿下は小さな吐息を漏らし、ルシアンに据わった目を向ける。

「ルシアン……」
「……過保護だと自覚していますが、ほとんどがナディアだけではなく、私にとっても害になる者ばかりです。有益になるのは令息が多く……」
「複雑なのは解るが、これも試練だ。とはいえ無害な令嬢が少ないのは心許こころもとないな」

 ルシアンの言い分にロベルト王太子殿下まで渋面を作ってしまった。
 そこまで過保護にならなくてもいいのに。婚約者がいる令嬢ならルシアンに言い寄らないだろうし、これまで磨いた社交性で親しくなれると思うのに。

「たとえ公爵令嬢であっても、所詮は爵位を持たぬ令嬢。最上位の貴族として責務を全うするナディア殿に無礼を働けば、社会的に問題視される。分を弁えられなければ、多くの貴族から顰蹙ひんしゅくを買う。それはナディア殿が築き上げた信頼と実績の賜物だ。そのうえナディア殿はフィリア商会の会頭。害したと知られたなら、市勢にまで悪行の噂が広まるだろう」
「えっ。いや……流石に顧客のために従業員は守秘義務を厳守しておりますが……」

 フィリア商会の印象が悪くならないために言うが、ロベルト王太子殿下は首を横に振る。

「我が国の商人は、学術商業都市を治めるナディア殿を『商人の鑑』と崇敬している。さらに他国との外交にも一役買っているのだ。既に他国からの注目度も高い」

 ……噓ぉん。

 初めて自分の影響力の重さを知って、目が明後日へ飛ぶ。
 大袈裟すぎると言いたくても王族の言葉を否定できないし、事実なのだとしたらいろいろと慎重にならなければならない。
 アグノエル大公令嬢は気兼ねなく親しくいられるのに、他の令嬢とは仲良くなれないというのも傷心してしまう。

 私達に聞き耳を立てる貴族達もざわついているし……このままでは気軽な交友関係を築くのは難しいかもしれない。

「だからこそ下手な者は近づけさせられないのです。ご理解いただけますか、兄上」
「……ああ。こうしてナディアを守れるのはルシアンだけだろうなぁ」

 ロベルト王太子殿下の言葉にルシアンは嬉しそうに、そして満足そうに笑う。
 申し訳なく思うのに、ルシアンの素直な笑顔に私まで喜んでしまいそう。

「ルシアン様、いつもありがとうございます」

 緩くなった表情で感謝の気持ちを伝えると、ルシアンは口に手を当てて、ぎこちなく頷く。
 ルシアンが目を伏せて深呼吸する様子を見て、ロベルト王太子殿下は苦笑した。

「相変わらずナディア殿は魔性だな。ディランもオーウェンも、そう思わないか?」

 ロベルト王太子殿下が後ろに控えるメレディス公爵令息ことディラン、ガスリー公爵令息ことオーウェンに声をかける。
 彼等と会うのも久しぶりだと思っていると、二人は深く頷く。
 特にディランは真顔で応えた。

「フェリス公の素直な好意は貴族社会では珍しいですから。父もふところに入れるほど閣下を気に入っておりますし、母に至っては慕っていらっしゃる」
「我が祖父と父だけではなく、軍部も『フェリス公爵を見守り隊』なんて陛下公認の組織を結成しております。魔術師を従える才覚、先の戦争での功績もありますから」

 オーウェンまで軍部公認どころかアルフォンソ陛下公認の『見守り隊』まで暴露した。
 私も初めて知った時は恥ずかしかったけれど、実害はないので好きにさせている。
 でも、こういう場で存在を明かされるのは羞恥を煽られる。

「時にフェリス閣下、ヨシュアが会いたがっていました」
「ヨシュアが? なら、予定を見直しましょう」

 ガスリー公爵家の養子に入っても、ヨシュアは私の弟。
 唯一姉弟と胸を張って言えるほど大切な子を、オーウェンは気にかけてくれている。

「オーウェン殿、ヨシュアと親しくしてくれて感謝いたします」

 本心から礼を言えば、オーウェンは口元に笑みをく。

「自分にとっても可愛い弟なので当然です」

 私の実母はガスお爺様の娘。腹違いとはいえ、オーウェンの叔母にあたる。つまるところ私もヨシュアも、オーウェンとは従兄弟関係にある。
 ただ、貴族としての上下関係から気安い仲ではいられない。そこが少し惜しいと思う。